管理組合の前理事長に対する損害賠償請求で勝訴

第1  事案の概要

1 大阪府南部のあるマンションでは、Y氏が1999年から約20年間、ほぼ一貫して管理組合の理事長を務める中で自身に反対意見を言えない空気を作り、あたかも独裁者のように振る舞うようになりました。さらに、2018年1月の組合総会で「専従事務管理運営者制度」を創設して自らが管理運営者に就任し、管理組合から年約480万円もの多額の報酬を受け取り始めたのです。

 これをさすがに異常だと感じた数名の組合員が2019年4月に反対の声を上げ、賛同する住民らが「有志の会」を結成しました。そして、有志の会の人たちが管理規約に基づいて招集した同年10月の臨時総会で、Y氏の理事長職からの解任と専従事務管理運営者制度の廃止が全組合員の3分の2の賛同で決議されたのです。

 ところが、Y氏はこの臨時総会決議は無効だと主張し、他の理事ら4名もY氏に追随したため、有志の会の人たちは同年12月に2回目の臨時総会を招集し、有志の会のメンバーを含む新たな役員が選出されるに至りました。

2 理事会が交代した後、新役員が従前の管理組合の資料を確認すると、Y氏により2018年10月31日以前の会計資料がすべて破棄(溶解処分)されていました。管理会社から直近の1年半分だけ入手できましたが、その間だけでも、理事長解任決議後に前理事長が組合口座から不正に出金していたことや、接待交際費と称して自らの遊興費を管理組合会計から支出させていたことが明らかとなりました。

3 当事務所は、有志の会の結成のころから相談を受けて様々な助言をしてきましたが、Y氏の不正が明らかとなったことから、2020年10月、管理組合から前理事長に対して、上記の在任期間1年半における不正な支出・出金の責任を問う訴訟を提起しました。

第2 裁判での争点

1 当方は当初、①専従事務管理運営者としての報酬、②遠方のセミナーへの参加費、③接待交際費、④書類の溶解による無形損害、⑤理事長解任決議後の引出金などが、不当利得や管理組合に損害を与えたものだと主張しました。この段階では、これらの支出をしたことが理事長としての善管注意義務に違反したといえるのか、理事会や組合総会で承認された支出について理事長であったY氏の善管注意義務違反を問えるのかが争点となりました。

2 ところが、訴訟係属中にY氏は自己破産を申し立て、免責決定が出されたことから、Y氏は本件訴訟での請求も全て免責されたと主張し始めました。破産法では、免責が許可された場合、「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」(破産法253条1項2号)などの例外を除いて、すべて免責されることになっています。ここでいう「悪意」とは「故意」を超えた「積極的害意」をいうものとされており、認められるハードルが非常に高いのです。

 管理組合と弁護団は、上記の請求のうち少なくとも②~⑤についてはY氏には「積極的害意」があり非免責債権に当たると主張しましたが、本件のような酷い前例はあまりなく、どこまでの範囲で当方の主張が認められるかは予断を許さない状況でした。

第3  判決の内容

 2025年3月27日、管理組合の皆さんと弁護団が固唾をのんで見守る中、裁判所が下した判決は、私たちの想定を超えて本件の実態を正しく認定する画期的なものでした。具体的には、上記②以外の③、④、⑤について悪意による不法行為に該当すると判断しました。このうち③の接待交際費について、Y氏は業者との関係維持のために必要だったなどと弁解していましたが、裁判所は、接待の実態がなくY氏自身の飲食費を組合会計から出させていた分は勿論のこと、実際に業者を伴った場合についても、接待の必要性も相当性も認められないと判断しました。さらに④の会計資料等の溶解についても無形損害として30万円を認めたのです。これは、前理事長が管理組合を私物化していたことを正しく判断したものといえます。

 また、これらについて、総会決議や理事会決議によって支出が承認されていたとのY氏の主張に対しても、総会の場に判断資料が開示されていなかったことや、理事会が実質的に機能していなかったという当方の主張が採用され、Y氏の不法行為は正当化されないと判断しました。

第4 長かった闘いを振り返って

 本事件は、Y氏が破産を申し立てたことにより手続が中断したこともあって、訴訟期間が長期に及びました。また、非免責債権に請求を絞り込むために前記①の専従事務管理運営者の報酬の返還請求は断念せざるを得なくなったこともあり、認容額自体は当初の請求額よりも小さなものとなりました。

 しかし、判決の内容自体は、Y氏の行為の多くを「悪意の不法行為」と認定するなど、当方の主張の大部分を認め、Y氏の責任は明確になりました。判決に対してY氏は控訴せず、確定しました。

 2019年4月の有志の会の結成から6年、2020年10月の提訴から4年半にわたる、Y氏との大変な闘いに勝利した住民の皆さんに心から敬意を表するとともに、二人三脚で頑張ってきた私たち弁護団もまた、多くのことを学ばせていただいたことに感謝します。 (弁護団は当事務所の岩城・松村と、元所員の井上将宏、吉留慧の4名)

弁護士 松村 隆志

(春告鳥第22号 2025.8.3発行)