1 はじめに
今回は、2026年7月17日に国会で成立し、間もなく施行を迎える「国旗の損壊等の処罰に関する法律(国旗損壊罪)」について、法的な観点からその問題点を取り上げたいと思います。
この法律では、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊するなどした場合に、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金が科されることとされました。しかし、このような法律を設けることは本当に必要なことだったのか、大いに疑問があります。
2 「国民感情」を刑罰で守るべきか
今回の法律は、「国旗を大切に思う国民感情」を保護するものだとされています。日本国旗を損壊する行為を見て不快に思う方が大勢いらっしゃることは事実でしょうし、自分が大切にしているものを他者にも尊重してほしいと思う感情自体は自然なものです。
しかし、日本国旗を損壊する行為には、政治的な抗議の意味合いが多分に含まれます。国民の多数が不快に思うからといって、刑罰をもって政治的な言論を封殺することが許されるのでしょうか。
民主主義国家において表現の自由、とりわけ政治的言論の自由が強く保障されているのは、異なる意見を持つ者同士が自由に言論を闘わせることによって、よりよい結論に到達できるという信念によるものです。自分と異なる言論を見聞きするというのは時に不快ですが、それを受け入れることこそが民主主義国家の根幹をなすものです。
3 アメリカでの最高裁判決と日本国内での議論
アメリカでもかつて、星条旗の損壊を刑罰をもって処罰する法律がありましたが、著名な「テキサス州対ジョンソン事件」において、1989年6月、連邦最高裁は違憲判決を下しました。その判決のなかでは、「政府は、社会がその考え自体を不快に感じるという理由だけで表現を禁止してはならない」と判断し、判決の多数意見はさらに、「批判を寛容に受け入れることが、われわれの強さの証しであり、その源である」としました。これは民主主義国家のあり方を示す色褪せない金言です。
わが国に目を転じても、1999年に国旗国歌法が制定された際、当時の小渕首相や野中官房長官が国会答弁で、「国民に尊重義務を課すものではない」、「将来においても違反を罰する法制化(刑事罰の創設など)は考えていない」と述べ、国旗について多様な見解があることに配慮していました。今回の国旗損壊罪の新設は、当時の国の答弁に真っ向から反するものですが、なぜ今、国旗損壊罪が必要なのか、政府・自民党からは何も合理的な説明がなされていません。
4 外国国章損壊との不均衡論は誤りであること
国旗損壊罪を新設する根拠として、外国の国旗を傷つけると処罰されるのに日本の国旗を損壊しても処罰されないのはバランスを欠いているとの指摘が見られますが、これは明確な誤りです。
外国国章の損壊を処罰する規定は、1891年に起きた大津事件(来日中のロシア帝国皇太子(のちのニコライ2世)を負傷させた事件)を契機に、外国との不要な摩擦を抑止することを目的に設けられたものです。日本国民が自国内で自国の国旗を傷つけたとしても、他国との間に外交摩擦や武力衝突が起きることはあり得ません。両者の保護法益が異なるがゆえに、戦前でさえ自国旗の損壊罪は存在しなかったのです。歴史的由来を無視した不均衡論は、あまりに短絡的なものと言わざるを得ません。
5 結びに代えて
国旗を大切に思う気持ちや愛国心は、国民それぞれの内発的なものであるからこそ価値があります。刑罰をもって国旗の尊重を強制することは、国旗のもつ価値をかえって損なうように思われます。
8月13日には国旗損壊罪が施行されますが、本当にこの法律が必要なのか、寛容で健全な社会につながるのかを、いま一度立ち止まって再検討すべきではないでしょうか。
弁護士 松村 隆志
(いわき総合法律事務所メールニュース「春告鳥メール便」(2026年8月10日発行)

