2025年2月17日
(前編より続く)
二 判例の推移
1 上記一判決までの判例
不法行為の成立のためには、欠陥住宅関連業者の故意または過失が必要(民法709条)であるが、これに更に要件を付加して成立を限定するかについて限定説と非限定説の対立があった。
非限定説は、建築基準法に違反する瑕疵がある場合、売主、施工業者、建築士に不法行為責任が認められる見解(大阪高判平13・11・7判タ1104・216等)である。
他方、施工業者、建築士の不法行為の要件を厳格にとらえる裁判例もあった(前記一の第1審判決大阪地判平12・9・27:判タ1053・137「故意等強度の違法性」、後記最判の原審である福岡高判平16・12・16:判タ1180・209「積極的に侵害する意図、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合」)。
2 別府マンション事件最高裁判決
このような状況の下、いわゆる別府マンション事件について最高裁は上記福岡高判を最判平19・7・6:判時1984・34において「建物としての基本的安全性」を欠く場合に不法行為責任を肯定する旨判示し、破棄差し戻しとした。
同事件の差戻審(福岡高判平21・2・6)は最高裁のいう「『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』とは、建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいう」、「建築基準法やその関連法令は、・・・取締法規であり、これに違反したからといって、それだけでは直ちに私法上の義務違反があるともみられない」として再度別な角度から限定を加えた。建築基準法が第1条で、国民の生命、健康、財産を保護するため建築物等の最低限の安全基準を定めている趣旨を全く理解していないものと言わざるを得ない。
前記最判と前記福岡高判との間に出された別件の東京地判平20・1・25は「基本的安全性」を「構造的欠陥がないことと漏水のないこと、防蟻処理に関する瑕疵」と解している。品確法にいう瑕疵+防蟻処理の瑕疵を「建物の基本的安全性」と見ているものと解される。
なお、名義貸し建築士の事例(建築確認申請書に工事監理者として届け出たが、実際には施主との間で工事監理契約は締結されておらず実際に監理も行われていなかった)であるが最判平15・11・14:判時1842・38は、「建築士が故意又は過失によりこれ(筆者注:建築士法及び建築基準関係規定による規制の潜脱を容易にする行為等、その規制の実効性を失わせるような行為をしてはならない法的義務)に違反する行為をした場合」には不法行為責任を肯定している。この判決は、建築基準関係規定の違反を問題にしており、「建物としての基本的安全性」といった限定を加えていない。この判決について上記別府マンション事件の最高裁判決は判例変更の手続を取っていない。
上記福岡高判平21.2.6の再上告審である最判平23.7.21は、最判平19.7.6にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体、又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合は、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが、相当であるとして、破棄差し戻しとした。
三 今後の課題
上記限定説と非限定説の対立の末、別府マンション事件最高裁判決が出されたため、その最高裁判決が新たに持ち出した「建物としての基本的安全性」が欠陥住宅供給関連業者の不法行為の成立要件であるかのように一人歩きし始め、その要件を不法行為の成否を分けるものとして判示する下級審判決や論説が続いた。構造耐力、防火性能、床下防湿、外壁タイルの剥落等は認められるものの、シックハウス(限定説は健康被害に対する蓋然性を要求)や漏水は考えが別れ、快適さ、美観に関するもの、採光、遮音、部屋の高さに関するものは否定されている。
しかし、このような最高裁判例理解は以下の理由により理論的に誤っており、阪神大震災以来の悲惨な欠陥住宅被害を目の当たりにして被害救済の方向に積み重ねられてきた欠陥住宅判例の流れに逆行するものである。
①一般的に不法行為の成立要件は、民法709条の明文上もこれまでの通説・判例の理解からも、故意または過失により他人の権利(法的に保護される利益も含む)を侵害したことにより損害が発生したことで足りるはずである。
②別府マンション事件は、「建物としての基本的安全性」を欠く場合に不法行為責任を認めた「肯定判例」であって、「建物としての基本的安全性」を欠くとまではいえない欠陥や瑕疵がある場合に不法行為責任を「否定した判決」ではなく、そこまでの射程や先例拘束性はない。
③ 最判平15・11・14:判時1842・38は名義貸建築士の不法行為責任を肯定しているが、そこでは、「建物としての基本的安全性」を欠く住宅の供給にかかわったことを要件としていない。「建築士法及び建築基準関係規定による規制の潜脱を容易にする行為等、その規制の実効性を失わせるような行為をしてはならない法的義務」を問題にしている。従って、建築基準法令違反の客観的瑕疵のある欠陥住宅の供給にかかわった事業者はそれが「建物としての基本的安全性」か否かを問わず。不法行為の成立を認める考え方である。その後になされた②の別府マンション事件最高裁判決は、この平成15年判決の判例変更手続をしていないので、この考え方は、最高裁判例としても維持されているはずである。
今後、別府マンション事件の誤った理解が払拭され、少なくとも建築基準法令違反等客観的基準を満たさない欠陥、瑕疵、契約不適合がある場合には、不法行為の成立が認められる判例が一般化するように、欠陥住宅全国ネットを中心に失地回復の運動が展開されることを期待するものである。
弁護士 田中 厚
(いわき総合法律事務所メールニュース 春告鳥メール便No.73 2025/2/17発行)