求人票記載の労働条件と実際の労働条件が異なる場合の法律問題

1 はじめに

近年、求人企業が求人票で実際の労働条件よりも高い給料や手当で募集し、後に労働者との間でトラブルとなる例が多発しています。このような状況を受けて職業安定法が何度か改正され、求人票に明示する必要のある事項が追加されるなどの対応がとられています。

ただ、それでも求人票と異なる内容の雇用契約書や労働条件通知書が作成され、その労働条件で働かされる場合はあります。その場合、労働契約の内容は求人票が基準となるのか、雇用契約書等が基準となるのかが問題となります。

2 参考裁判例の事案

この点については、京都地方裁判所が平成29年に示した裁判例が参考になります。事案の概要は次のとおりです。

まず、求人票には、「正社員」、「雇用期間の定め無し」、「定年制なし」との記載があり、当時64歳の方が応募し、採用面接時に定年制について尋ねたところ、会社代表者から「まだ決めていない」との回答があり、その他の点については特にやり取りがなく、面接後会社は応募者に対して採用する旨連絡をしました。

しかし、その後1月半ほど経ってから作成された労働条件通知書には、契約期間を1年間の有期契約、満65歳定年制とする旨が記載されていました。会社は1年の期間満了時に契約が終了したものとして取り扱い、従業員は労働契約が存続していることを前提に訴えを起こしました。

3 裁判所の判断

この事案について、裁判所は次のように判断しました。

まず、「求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込を誘引するものであるもので、求職者は、当然に求人表記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込をするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である」との判断枠組みを示し、この事案では採用面接時に求人票と異なる話がないまま採用を通知したのだから、特段の事情がなく、求人票記載の労働条件が労働契約の内容となると判断しました。

次に、求人票と異なる内容の労働条件通知書が作成されていることについては、契約成立後の労働条件の不利益変更の問題であると位置づけ、この論点に関する近時の最高裁判決(山梨県民信用組合事件)を引用し、労働条件を不利益に変更する労働条件通知書に労働者の署名押印がなされていたことから直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、「当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」により判断されるべきであるとしました。

そして、この事案では無期労働契約から有期労働契約への変更等が労働者への不利益が重大であり、また、被告代表者が求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、他方、被告代表者がそれを提示した時点では、原告は既に従前の就業先を退職して被告での就労を開始しており、これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれる立場にあったという事情を適切に認定し、労働条件の不利益変更の同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものとは認められないと判断しました。

4 裁判例からわかること

以上の裁判例からすると、採用通知がなされるまでに、採用面接の場などで求人票と異なる労働条件とすることを合意したり、採用面接時に問題の労働条件が当事者間で話題になっていなかったような場合には、求人票記載の労働条件が労働契約の内容として認められることになり、その後求人票と異なる内容の契約書等に署名した場合には変更に同意していたかが吟味されることになります。

他方、契約成立時に当事者間で求人票と異なる合意がされたときは、原則として合意の内容が求人票記載の内容に優先することになります。

5 まとめ

どのような内容で契約するかは、労働者にとって非常に重要です。働き出してからトラブルに巻き込まれることのないよう、契約を締結するにあたっては、求人票記載の労働条件と異なる説明がないか、異なる点があればなぜ異なっているのかを十分に確認するようにしましょう。

(弁護士 松村 隆志)

(メールニュース「春告鳥メール便 No.70」 2024.8.30発行)