1 2025年1月14日、厚生労働省の労働政策審議会は厚生労働大臣に対し、「労災保険制度の見直しについて」を建議しました。この建議は、労災保険制度の多くの論点について重要な指摘を含むものですが、本コラムでは特に遺族補償年金の男女格差の点に絞って、その内容・意義をご説明したいと思います。
2 まず、現行の労災保険制度では、配偶者が労災により死亡した場合について、夫が死亡した場合には、妻は「生計維持関係」があれば遺族補償年金を受け取れるのに対し、妻が死亡した場合には、夫は「生計維持関係」に加えて、「55歳以上」であるか「障害等級第5級以上の身体障害」があることが必要とされています。つまり、現行の制度では、妻が生計を主に支えていて、夫は家事に従事するような家庭であっても、妻が労災で亡くなった場合、夫が55歳以上か一定の障害がある場合でなければ、そもそも遺族補償年金の受給資格がなく、一時金の支給しか受けることができないことになるのです。
夫と妻の支給要件の差異が設けられたのは、1965年の法改正当時、男女の就労状況からみて、男性は 60 歳未満であれば障害等の場合を除き、独力で生計を維持しうると判断されたことによるものです。しかし、その後半世紀以上が経過し、女性の社会進出が進む中で、このような差異を維持する合理的理由は失われ、違憲な男女差別にあたるのではないかという深刻な懸念がありました。2017年には最高裁において、このような男女の要件の差異には依然として合理性があるとの合憲判断が示されましたが、その後も繰り返し訴訟が提起され、争われてきました。
3 そのようななかで、2024年12月、厚生労働省に「労災保険制度の在り方に関する研究会」が設置され、労災保険制度の現代的課題について包括的に検討されることとなり、論点の一つとして男女の支給要件の際の解消も議論されることになりました。2025年7月29日には中間報告書が示され、男女格差については解消する方向で意見の一致をみたとされました。ただ、少数意見では、女性の支給要件を男性の側にあわせる形で男女の差異を解消することもあり得るといった意見も出されたり、男女ともに遺族補償年金の給付期間を有期とすべきではないかなど、かえって現行の制度よりも遺族側に不利益に改変される方向での意見も見受けられ、議論の推移が注目されていました。
4 その後、厚生労働省の労働政策審議会の労働条件分科会労災保険部会は、2025年9月から議論を重ね、冒頭のとおり、2026年1月14日、厚生労働大臣に対し、労災保険制度の見直しについて建議されました。建議では、「遺族(補償)等年金における夫と妻の支給要件の差は解消すること」、「解消するに当たっては、被扶養利益の喪失の補填という観点を踏まえ、夫にのみ課せられた支給要件を撤廃することが適当」とされ、また、給付期間についても、「現行の長期給付を維持することが適当」とされ、おおむね中間報告の多数意見に沿った建議がなされました。まずは、支給要件上の男女格差が解消され、現行の制度より遺族への補償の要件が後退することがなく、大変安堵しました。
5 今後は建議の内容を踏まえて法律案要綱が作成されていくことになります。配偶者を労災で亡くした遺族が広く救済されるよう、一刻も早い法改正が望まれます。
弁護士 松村 隆志
(いわき総合法律事務所メールニュース「春告鳥メール便」(2026年1月27日発行)

