1 1月23日、高市首相は通常国会の冒頭で衆議院を解散し、1月27日公示、2月8日投開票の日程で衆議院選挙が行われることが正式に決まり、事実上の選挙戦が始まっています。
前回衆院選の行われた2024件10月27日から、まだ1年3か月ほどしか経っておらず、しかも、課題山積の中、通常国会の冒頭で解散に打って出たことは、憲法上問題はないのでしょうか。
2 憲法に「衆議院の解散」が書かれているのは、69条(衆議院が内閣不信任決議をしたときは、10日以内に内閣は衆議院を解散するか総辞職する)と、7条3号(衆議院の解散は、天皇が国事行為の一つとして内閣の助言と承認に基づき行う)のみです。
なので、憲法には「首相の専権事項」とも「首相はいつでも自由に解散できる」とも書いていないのです。
このような憲法のもとで、69条の場合以外に首相に解散権があるかについては、憲法学上争いがあります。
内閣不信任の場合に限定されるとする説(69条説)もありますが、内閣は不信任がなくても解散できるとする説(7条説)が多数説であり政府見解です。
3 この点についての裁判所の考えはどうでしょうか?
1952年(昭和27年)、当時の内閣が衆議院を解散した際、議員だった苫米地義三(とまべち よしぞう)氏が、その解散が憲法に違反し無効であるとして、衆議院議員の資格確認と解散無効を前提とした歳費の支払いを求めて起こした訴訟(苫米地事件)で、1審は解散の無効を認めましたが、最高裁大法廷は、1953年(昭和35年)6月8日、原告の請求を棄却しました。
その要旨は、次のようなものでした。
・衆議院解散は、高度に政治性の高い国家統治に関する行為(統治行為)にあたる。
・たとえ法律上の争訟といえる場合でも、こうした“統治行為”に対しては裁判所の司法審査権が及ばない。
・したがって、衆議院解散の合憲性・有効性について裁判所が判断することはできない。
いわゆる「統治行為論」です。
しかし、衆議院の解散が69条の場合に限定されるのか、それ以外の場合にも7条3号を根拠に解散できるのかは、純粋に憲法の解釈の問題であり、司法審査をしないというのは大変問題ではないでしょうか。
4 日本と同じく議員内閣制をとっている他の国ではどうでしょうか?
他の議員内閣制の国でも、様々な定め方がされていますが、少なくとも内閣が議会からの信任を失った場合であることが実質的に条件とされており、日本のように、首相が自分に有利だと判断したときにいつでも自由に解散できるという運用がされている国はあまりありません。
首相が恣意的な判断でいつでも解散できるとすると、理論上は首相が気に入る結果が出るまで何度でも無限に解散できることになり、国会が「国権の最高機関」(憲法41条)とはいえなくなってしまうことは明らかです。
5 国民が取りうる手段は?
しかし、少なくとも裁判所が上記のように当てにならない以上、そのような恣意的な解散権の行使の評価も含めて、主権者である国民が選挙で審判を下していくしかありません。
高市首相は、「私が総理大臣を続けていいかどうかの選択の選挙だ」と言っていますが、衆院選は首相の人気投票ではなく、ましてや、まだ何もしていない段階で自分への信任を求めるのは、国民に「白紙委任」を求めるものであり大変危険なことだといわなければなりません。
そのような高市首相の手法への批判も、今回の衆院選の大きな争点にしていく必要があります。
弁護士 岩城 穣
(いわき総合法律事務所メールニュース「春告鳥メール便」(2026年1月27日発行)

