先に被害申告した方が勝ち?明らかになった「いじめ 防止法」の重大な欠陥

1 事案の主な経過

⑴私立小学校の生徒A君とB君は同級生で、もともと仲の良い友人でしたが、小学校3年生になった4月以降、B君の母親はA君の母親に「うちのBがA君からいじめられている」と繰り返し抗議して謝罪を要求し、また学校にも頻繁にクレームを行うようになりました。

 その後嫌がらせはエスカレートし、下校途中のA君に不審な女性がボイスレコーダーを差し向けて詰問したり、運動会の日にもB君の母親がボイスレコーダーを持ってA君や家族を追い回し、学校側から注意を受けたことがありました。

 その後B君は学校に来なくなり、欠席が30日を超えました(その後自主退学)。

⑵困惑した小学校は、学校を運営する法人に、「いじめ防止対策推進法」(以下「いじめ防止法」)が定める「いじめ重大事態」に該当するとして「第三者委員会」(以下「委員会」)の設置を依頼しました。

 学校側は当初から、A君の両親には「A君がいじめをしたとは思っていない。」と説明していましたが、この説明とは異なり、委員会はB君の保護者が「A君によるいじめ」と主張する46の事実について「調査」を行い、うち9つについて同法上の「いじめ」に該当するとの報告書を出したのです。

⑶A君の両親は、これに激しいショックを受け、これまでの学校の説明と違うという不信感と、このような報告書が出されたことでA君が学校でいじめられるのではないかという不安から、A君を登校させなくなってしまいました。

 そのような状況で、A君の両親が当事務所に相談に来られたのです。

2 弁護団としての活動

⑴当事務所の3人(岩城、松村、村西)と吉留慧弁護士の4人で弁護団を結成し、ご両親と打合せを重ねました。A君にも事務所に来てもらって、どんなことがあったのか直接尋ねたところ、A君は陰湿ないじめをするような子ではないと確信しました。そして、最終的には以下のような方針で進めていくことにしました。

①A君が安心して登校を再開できるよう、学校側に十分な配慮を求める。

②委員会の9点にわたるA君の「いじめ」認定については、調査方法が杜撰であり事実認定も誤っている旨の「見解書」を提出する。

③本件の本質は、B君の母親からA君とその保護者に向けられた攻撃であり、さらには執拗なクレームを受けた学校側も被害者であることについて、学校側に説明し共通認識にしていく。

④学校がいじめ防止法に基づいて調査結果(本件では委員会の報告書)を所轄の県の私学課に説明する際、学校としての「所見」を付けて提出するとのことであったので、この所見に、実質的にA君からB君への「いじめ」はなかったこと、本件の実相はB君の母親からA君とその両親に対する違法不当な攻撃であったという観点を取り入れてもらうように努める。

⑵最初の相談から約8か月間、計6回に及ぶ学校側との協議を経て、上記①~④をほぼ完全に実現することができました。

 しかし、報告書で「いじめ」を認定されたA君の両親の憤りや不安はまだ消えていません。ただ、A君がその後も元気に学校に通っていることが、本件の最大の成果だったといえます。

3 明らかになった「いじめ防止法」の欠陥

いじめ防止法は、2011年に発生した大津いじめ自殺事件をきっかけに、2013年に議員立法により制定され、「いじめ」を広くとらえ、早い段階からその対処を行うことを目的としています。 その立法趣旨は大変重要ですが、①生徒やその保護者から「いじめ」を受けているという申告がなされ、②その生徒が長期間(30日が目安)学校を休むと「重大事態」とされ調査を行う仕組みになっているため、例えば逆恨みで被害申告をして30日以上学校を休んだような場合でも、いじめがあったと主張されてしまえば「加害者」として調査が行われる、いわば「先に言った者勝ち」という立て付けになっているのです。この法律は、そのような悪用を排除できない点に大きな欠陥があります。本件も、そのような「いじめ重大事態」が作出され悪用された事案であるといえます。

弁護士 岩城 穣

(春告鳥21号 2025.1.1発行)