1 はじめに
2018年10月30日、青年法律家協会大阪支部10月例会の企画『過労死問題を考える~過労死遺族の声を聞きながら~』で岩城弁護士が講演しました。当日は、過労死された元NHK記者の佐戸未和さん の母親である佐戸恵美子さんが東京から来てくださり、過労死遺族の立場からお話しくださいました。
2 佐戸恵美子さんのお話
この日、未和さんが生前同期の友人の結婚式に出席した際一度だけ着用したことがあるというジャケットを着て参加された恵美子さんは、「突然わが子を失った日から、時間は止まったまま。わが子を失った親には解決してくれる時は流れない。 娘の不慮の死から180度人生が変わった。自室で涙し、風呂場では声を上げて泣いてしまう毎日。しかし、どんなに苦しくとも未和のことを伝えていくために生きていかなければならない」という涙混じりの言葉で語り始めました。
(1)事案の概要
未和さんは、2005年4月、大学卒業と同時にNHKに入局し、鹿児島放送局を経て2010年に首都圏放送センターに移動となり、都庁記者クラブに配属されました。2013年6月から亡くなる2日前の7月21日にかけて、都知事選や参院選の取材に忙殺され、労基署の認定でも、未和さんが亡くなる1ヶ月前の時間外労働は約160時間に達していました。同年7月23日、手に携帯電話を持ったまま、自宅にてうっ血性心不全で亡くなっている未和さんを、未和さんの婚約者の方が発見したそうです。
(2)変わり果てた娘との対面
恵美子さんは、未和さんの訃報を夫の赴任先であるサンパウロで聞き、状況も死因もわからないまま帰国しました。夏場で遺体の損傷が激しかったため、対面した未和さんの遺体は大きく膨らみ、元は7号サイズだった未和さんの薬指に30号サイズの指輪をはめ荼毘に付したそうです。
恵美子さんは「毎日娘の後を追うことばかりを考えていました」と語られていました。
(3)職場の上司の対応
未和さんの職場の上司は、恵美子さんに対し「記者は個人事業主のようなものである」と言ったそうです。その言葉を聞いた恵美子さんは、「労働時間を自己管理できていなかった娘が悪い」と言われているようだったと述べました。
恵美子さんは次のように語ります。「未和の死は、上司が部下の勤務時間をしっかり把握していれば防げた過労死であり、職場の労務管理に問題があったことは明らか。働きすぎではなく、働かせすぎであり、これは明らかな人災です」と。
(4)さいごに
恵美子さんの講演は次のような言葉で締めくくられました。
「娘はかけがえのない宝、生きる希望、夢、支え だった。娘のぬくもりを決して忘れない。どんな職場でも人の命より大切な仕事はない。一生懸命働いた挙げ句、過労死で未来を失うようなことは決してあってはならない。同じ苦しみを背負う人が二度と現れないで欲しい」。
3 岩城弁護士の講演
続いて、岩城弁護士から過労死について総括的でとても分かりやすい講演がありました。 以下、要点のみ紹介します。
(1) 働きすぎで人は死ぬ
岩城弁護士の講演は、働きすぎると人はなぜ 死ぬのかという話から始まりました。人は心と体の統一体であり、 強い負荷が加わることで心(=脳)と体の弱いところに破綻が生じる、この破綻が脳や心臓、精神に現れることで死につながっていく。たとえば、うつ病などは、体が極度の疲労状態に陥った際、一種の防衛反応として脳が活動を停止した状態であると。
(2)睡眠の重要性
次いで、過労死と睡眠の関係に話は移ります。人間は基本的に日中は血圧が高く、睡眠時は血圧が低いため、人間の体内では血圧の低い睡眠時に傷んだ血管等の修復がなされています。しかしながら、長時間労働により労働時間が長く睡眠時間が短くなると、疲労の蓄積は増大する一方で体の回復が間に合わずダメージが蓄積していきます。そして、蓄積したダメージが体の弱い部分を破綻させることで過労死が起こったり、精神疾患を発症するということでした。
(3)日本における過労死問題の歴史と現状
古くは大正から昭和の初めころにかけて、「女工哀史」で描かれたような奴隷労働さながらの長時間労働が常態化していた時期がありました。この頃の日本は、労働者の保護ではなく、労働力の確保に比重が置かれていました。岩城弁護士は、今日の日本は、そのころの状況に近いのではないかと指摘します。
その後、1970年代のオイルショックを経て大規模なリストラが進められましたが、80年代後半のいわゆるバブル期に入ると、今度は人手不足による長時間労働が常態化したために過労死が激増し、続いて始まった長期不況の中で精神疾患や過労自殺も広がっていきました。先にお話頂いた佐戸未和さんのケースも、そのような流れの中で生じたたくさんの過労死事件のひとつです。
(4)さいごに
講演の最後、岩城弁護士は、講演を聴きに来ていた司法修習生らに対して、過労死事件のやりがいについて「過労死の救済と予防は車の両輪です。遺族と一緒に闘うことで、 遺族自身が生きる力を取り戻す。まじめに働いて倒れた労働者の生き様を探り、被災者の尊厳を回復する。それがやりがいです」と、熱く語りました。
(弁護士 井上 将宏)
(春告鳥第9号 2019.1.1)