第1 家族訴訟の意義
ハンセン病元患者(回復者)に対する関係では、2001年5月11日の熊本地裁判決(以下、「元患者訴訟」といいます。)によって、1996年のらい予防法廃止までの国の責任が認められ、ハンセン病元患者(回復者)に対する謝罪及び賠償・補償が行われるなどして一定の解決が図られてきました。
他方で、ハンセン病患者の家族(以下、単に「家族」といいます。)が、潜在的な感染者として偏見差別に晒され、人生の様々な場面で被害を受け、さらには、ハンセン病隔離政策等により家族関係を断絶され、家族として当然に有するはずの触れ合いや、交流、共同体験の機会を喪失し、家族関係の形成を阻害されるという重大な被害を被ってきたという事実は見過ごされたままでした。
家族訴訟は、家族もまた国によるハンセン病隔離政策等の被害者であることを明らかにするとともに、国に対して、損害賠償及び適切な被害回復のための措置を講ずるよう求めることを通じて、社会内に残る根強い差別偏見を除去することを目的とする裁判でした。
第2 熊本地裁判決の概要
2019年6月28日に言渡された熊本地裁民事第2部の判決は、国のハンセン病隔離政策等により、家族に対する偏見差別を生み出す社会構造が形成され、その結果生じた偏見差別に家族が晒されたり、家族関係の形成を阻害されるという重大な被害が生じてきたことを指摘し、憲法13条が保障する「社会内において平穏に生活する権利」が侵害されてきたことを認めました。
その上で、厚生大臣等は、隔離政策廃止法案の閣議請求のほか、医療制度においてハンセン病を一般の感染症と変わらないようにし、それを周知させるため、少なくとも、療養所以外の一般の医療機関において入通院治療できるようにし、そのことを国民多数に宣伝、広報すべき義務があったと認定しました。
また、人権啓発が法務省の所掌事務であることから、法務大臣に対して、人権啓発活動を実施するための相当な措置を行う義務があったことを認定しました。
さらに、文部大臣等に対しても、人権教育等の一環として、教員らに対する適切な指導を行い、すべての児童生徒らに対し、その成長過程と理解度に応じた正しい知識の教育が行われるよう適切な措置を取る義務があったことを認定しました。
最後に、国会議員に対しても、遅くとも昭和40年には、国会議員にとっても隔離規定の違憲性が明白であったとして、家族との関係でも、平成8年までらい予防法を廃止しなかったことが違法であったと認定しました。
このように、上記熊本地裁判決は、国会議員や厚生大臣等の責任にとどまらず、法務大臣や文部大臣等の果たすべき責任に言及した点で、元患者訴訟判決よりも踏み込んだ判断を行った判決でした。
第3 判決の確定と補償法の成立
判決後の控訴阻止運動の成果もあり、上記判決の控訴期限である令和元年7月12日、首相談話及び政府声明が発表され、国の控訴断念と、今後家族に対する補償措置等が採られることが発表されました。また、判決の確定を受けて、同月24日には、首相から家族に対し、直接謝罪がなされました。
同年11月12日には、「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律」案が衆議院本会議において全会一致により可決され、同月15日には、参議院本会議においても全会一致により可決されました。
念願だった家族の補償法は、同月11月22日の公布と同時に施行されました。
第4 最後に
家族訴訟は、原告団や弁護団だけでなく、多くの市民によって活動が支えられてきました。判決までに寄せられた署名は12万通を超え、判決後の控訴阻止運動には、連日多くの市民が官邸前や議員会館に駆け付け、原告団や弁護団の背中を押してくれました。多くの方に支えられて勝ち取った勝訴判決を足がかりにして、今後は差別解消等の取り組みに全力で向き合っていきたいと思います。
弁護士 井上 将宏
(春告鳥第11号 2020.1.1発行)