2025年3月28日
1 労働者がどれだけの時間働いていたのかは、業務の量的な過重性を示す事情として、精神疾患や脳・心臓疾患の発症が業務に起因するものか否かを判断するにあたり非常に重要です。しかし、事務所や工場で業務に従事していた時間が労働時間に当たるのは当然としても、研修時間や移動時間、電話当番中の時間など、個別に見た場合、労働時間かどうか判断が難しいものもあります。
今回は、労災認定上、移動時間が労働時間として認められるのはどのような場合かについて、ご説明したいと思います。
2 まず、「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされています(ただし、これは労働基準法上の労働時間についての定義で、後述のとおり、労災認定上の労働時間についても同じ考え方でよいかについては議論があります。)。そして、労災認定にあたっての労働時間の基本的な考え方を示した通達(令和3年通達といいます。)において、移動時間については「使用者が、業務に従事するために必要な移動を命じ、当該時間の自由利用が労働者に保障されていないと認められる場合には、労働時間に該当する」との考え方が示されています。
3 このような考え方に基づくと、自宅から会社や現場まで向かう通勤時間は、使用者の指揮命令下に入る前の段階の行為として、通常、労働時間とは認められません。ただし、現場に赴く前に一度会社に立ち寄り、資材の積込みや業務打合せなどもしていた場合には、会社に立ち寄った時点をもって始業時刻とされ、会社から現場への移動時間が労働時間と認められる可能性があります。
4 また、所定労働時間内に業務上必要な移動を行った場合には、一般に労働時間に当たります。
5 遠隔地へ出張を命じられた場合で、所定労働時間外に移動した時間については、自ら乗用車を運転して移動する場合、移動中にパソコンで資料作成を行う場合、車中の物品の監視を命じられていた場合、物品を運搬すること自体を目的とした出張の場合などであって、これを使用者から義務付けられ、又は余儀なくされていたものであれば、労働時間に当たる可能性が高いでしょう。
これに対し、公共交通機関を利用して移動する場合で、その間に具体的な業務を行うことが予定されていないものについては、判断が分かれています。労基法上の労働時間と労災認定上の労働時間を同一視して労働時間に該当しないとした裁判例もある一方で、使用者の指揮命令下に置かれたものとは認められない、つまり「労基法上の労働時間」には当たらないが、その時間中、行動の選択の余地なく、不自由を強いられることから、業務起因性の判断に際しては労働時間(ないしこれに準じる時間)と捉えるべきとした裁判例もあります(神戸地判平成22年9月3日労判1021号70頁、広島地福山支判令和4年7月13日判例時報2574号86頁等)。
6 労災認定では、心身の疲労を蓄積させる事情として長時間労働を考慮しています。交通機関を利用して長距離を移動すること自体、心身の疲労を伴うものであることは多くの方の実感に沿うものだと思います。そうであれば、それが出張業務に伴うものである場合、少なくとも労災認定上は労働時間と解されるべきでしょう。上記の令和3年通達ではこの点が明確にされていませんが、今後さらなる改善が必要な点といえるでしょう。
弁護士 松村 隆志
(いわき総合法律事務所メールニュース「春告鳥メール便」2025年3月28日発行)