韓国の「戒厳令」と自民党が目論む「緊急事態宣言」

■韓国で尹大統領が深夜に突然戒厳令を宣布するという暴挙に出ましたが、過半数の国会議員が急きょ集まって国会を開き、解除を決議したことで戒厳令は効力を失いました。12月14日には、国会議員の3分の2以上の賛成による弾劾決議が可決され、大統領の権限が停止されました。一方で、尹大統領を内乱罪などの疑いで捜査が始まっています。

 これほど重大な戒厳令が、韓国憲法でどのように定められているか見てみたいと思います。

韓国憲法

第76条(緊急命令)

1 大統領は、內憂・外患・天災・地変又は重大な財政・経済上の危機において、国家の安全保障又は公共の安寧秩序を維持するために緊急の措置が必要で、且つ国会の集会を待つ余裕のないときに限り、最小限の必要な財政・経済上の処分をし、又はこれに関して法律の効力を有する命令を発することができる。

2 大統領は、国家の安危に関係する重大な交戦状態において、国家を保衛するために緊急の措置が必要であり、且つ国会の集会が不可能なときに限り法律の効力を有する命令を発することができる。

3 大統領は、第1項及び第2項の処分又は命令をしたときは、遅滞なく国会に報告し、その承認を得なければならない。

4 第3項の承認を受けることができなかつたときは、その処分又は命令は、そのときから効力を喪失する。この場合において、その命令に依り改正又は廃止された法律は、その命令が承認を得られなかつたときから当然に効力を恢復する。

5 大統領は、第3項及び第4項の事由を遅滞なく公布しなければならない。

第77条(戒厳)

1 大統領は、戦時・事変又はこれに準ずる国家非常事態において、兵力を以つて軍事上の必要に応じ、又は公共の安寧秩序を維持する必要があるときは、法律の定めるところに依り、戒厳を宣布することができる。

2 戒厳は、非常戒厳及び警備戒厳とする。

3 非常戒厳が宣布されたときは、法律が定めるところに依り令状制度、言論・出版・集会・結社の自由、政府又は裁判所の権限に関して、特別の措置を取ることができる。

4 戒厳を宣布したときは、大統領は、遅滞なく国会に通告しなければならない。

5 国会が在籍議員過半数の賛成に依り戒厳の解除を要求したときは、大統領は、これを解除しなければならない。

 76条は、緊急事態が生じた場合に、大統領が法律と同等の効力を持つ命令を出せるとする条項です。77条は戒厳令について定めた条項で、特に非常戒厳が出された場合は、国民の基本的人権を制限することができます。今回はこの77条の非常戒厳が出されたものです。

 条文を読んで素朴に疑問に思ったのは、76条の緊急命令では「国会の集会を待つ余裕のないときに限り」という条件が付いているのに、より重大な77条の戒厳令ではそのような条件が付けられていないことです。

 しかも、報道では、尹大統領は国会議員まで逮捕したり、国会議員が国会に集まるのを阻止することまで指示していたとのこと。もし国会議員たちが集まって解除の議決ができなかった場合は、尹大統領の独裁が敷かれることになった可能性が高いと思われます。

■ひるがえって、日本では自民党が憲法を改正して、次のような「緊急事態条項」を新設しようとしています。

自民党の「憲法改正草案」

第98条(緊急事態の宣言)

1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

第99条(緊急事態の宣言の効果)

1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 韓国憲法と比較すると、自民党案の「緊急事態宣言」は、韓国の「緊急命令」と「戒厳令」をミックスしたような条項になっています。

 そして、今回の韓国のドタバタ劇を見るとき、日本でも「緊急事態宣言」が濫用され、国民の表現の自由などの基本的人権が不当に制約される危険があることがわかります。

 今回の韓国の事態を「対岸の火事」と眺めるのではなく、日本国憲法の改正の是非の議論と関連づけて教訓を得る必要があるのではないでしょうか。

(弁護士 岩城 穣)

(メールニュース「春告鳥メール便 No.72」 2024.12.20発行)