1 渡航してわずか3か月で自死
上田優貴さん(1993年生まれ)は大学院で電気工学を学び、2018年4月に日立造船株式会社に入社。入社時は「環境と電気をつなぐ仕事をしたい」と将来の希望を語っていました。
2021年1月、タイのラヨーンのゴミ焼却施設のプラントの電気設備を立ち上げるため、初めて海外赴任し、コロナによる隔離期間後、同年2月5日から電気設備関係の業務に従事しました。
そんな優貴さんがわずか3か月足らずで、同年4月30日午後2時20分ころ、現場工場の高さ30メートルの柵を自ら乗り越えて飛び降り自死してしまったのです(享年27歳)。
同年7月、未だに愛する息子の死を信じられないご両親から相談を受け、打合せを重ねながら弁護団を結成し、労災申請手続きを行うことにしました。
2 調査によって明らかになった自死の原因
会社に粘り強く求めて提出を受けた資料を精査する中で、優貴さんが自死に追い込まれた事情が明らかになってきました。
- ①出国時期が直前まで決まらず、帰国時期も当初5月末の予定であったのが、出国後に最長で7月末まで一方的に延長されたこと
- ②英語は話せたが、現地労働者が話すタイ語を話すことができず、言語の違いに苦労したこと
- ③タイの高温多湿の環境に慣れなかったこと
- ④電気設備の担当であったのに、突然現地で試運転班に配属されたこと
- ⑤残業時間は自己申告で、ホテルに戻った後に現地週報を作成した時間やホテルから現場までの移動時間などが労働時間として把握されていなかったこと(私たちの計算では、これらの時間を含めた時間外労働時間は3月15日から4月13日までの30日間で最大149時間11分でした)
- ⑥頼りにしていた上司のK氏が4月21日に帰国してしまい、質問したり助言を得る相手がいなくなったこと
- ⑦慣れない業務によってミスが生じ、厳しく叱責されたこと(優貴さんの日記には、「毎日怒られてばかりでとてもつらい」と記されていました)
- ⑧4月22日から準夜勤シフト(14時~23時)に配属されたこと
- ⑨4月28日に設備にトラブルが発生し、30日の未明まで突貫作業を余儀なくされたこと
3 第三者委員会の設置と調査
優貴さんの母A子さんは、早い段階から会社に「第三者委員会」を設置して事実関係を解明するよう求めていましたが、会社はなかなか応じず、2023年2月に至って突然、会社の一方的な人選による弁護士2名によるヒアリングを実施すると通知してきました。
A子さんと弁護団は猛抗議し、A子さんが指名した過労死事件に詳しいK弁護士も加えた3人による第三者委員会が設置されました。第三者委員会は、現地関係者を含め12人の関係者から詳細な事情聴取を行い、同年11月、調査報告書を提出。ただ、同報告書では「死因は不明」とされていました。
4 労災認定
2023年4月19日大阪南労基署に労災申請。2024年3月13日、労基署は、優貴さんの死亡は、亡くなる直前に何らかの精神障害を発症したことによる自殺であると認定するとともに、「海外への転勤」という出来事に焦点を当て、これまでに経験のない業務であったこと、出来事後の事情として、業務内容・シフトの変更、ミスに対する厳しい叱責等の事情を考慮して、心理的負荷の強度を「強」と認定しました。
5 再発防止を求めて会社と交渉を開始
優貴さんの両親は、このような悲劇を今後なくしていくため、会社に対して謝罪や賠償を求めるだけではなく、優貴さんのような海外赴任者に会社が行うべき安全配慮の内容を明らかにし、その遵守を求めて、これから会社と交渉していく予定です。(弁護団は安田知央、西川翔大、松村隆志と私)
弁護士 岩城 穣
(春告鳥20号 2024.8.3発行)