分譲マンションは数十戸から数百戸の世帯が同じ建物に住む、いわば「現代の長屋」であり、上階からの生活騒音に対する苦情の相談は多い。居住者同士がお互いに迷惑をかけないように配慮しあうことが必要であるが、次に紹介するように、マンションの構造自体の欠陥によるものもある。
S市にある「Aマンション」(総戸数約300戸)は、有名なB社が1990年に分譲したマンションである。
遮音性能の高さを売り物に
このマンションは、「全戸フローリング仕上げ」を目玉として販売された。フローリングの場合、床や壁を通して伝わる「生活騒音」が当然心配になるが、販売担当者は、「フローリングには、『F』(注、製品名)を使用し、その遮音性能は『L-50』なので全く問題はありません」と答えた。この『L値』というのは、JIS規格で求められる遮音等級で、L値が小さいほど遮音性能が高いものである(別表参照)。しかも、フローリングに遮音性能向上工事がなされることを理由の一つとして、住宅金融公庫からの融資枠が増額されていたことから、購入者たちは安心して、このマンションを購入したのである。
別表 集合住宅での床衝撃音レベルに関する適用等級とその意味
特 級 (特別) | 学会特別仕様 | 遮音性能上非常に優れている | 特別に遮音性能が要求される使用状態の場合に適用する | 軽量 | 重量 |
LL-40 | LH-40 LH-45 | ||||
1 級 (標準) | 学会推奨基準 | 遮音性能上好ましい | 通常の使用状態で使用者からの苦情がほとんど出ず遮音性能上の支障が生じない | LL-45 | LH-45 LH-50 |
2 級 (許容) | 学会許容基準 | 遮音性能上ほぼ満足しうる | 遮音性能上の支障が生ずることもあるがほぼ満足しうる | LL-50 LL-55 | LH-50 LH-55 |
3 級 (最低限) | ─── | 遮音性能上最低限度である | 使用者からの苦情が出る確率が高いが社会的、経済的制約などで許容される場合がある | LL-60 | LH-60 |
(社)日本建築学会「建築物の遮音性能基準」より
余りにひどい 「生活騒音」
ところが、実際に入居してみると、上階で小さな子供が走り回る音、イスを引きずる昔、お風呂でシャワーを流す音などが、下の階に大きく響きわたるのである。同じマンションの居住者同士であるために、不満や苦情を言いにくい面があるが、管理組合が特別委員会を作って調査する中で、マンションの遮音性能の問題が浮かび上がってきた。
測定したら、『L-70』!
管理組合が居室のうちの2戸について、専門機関に依頼して遮音性能を測定してもらったところ、何と『L-70』で、遮音性能としては最低ランクに属することがわかった。
購入者たちは、B社に対し、このような生活騒音の実態を訴え、改善工事の申入れをしたが、B社側はこれを拒否したことから、平成6年9月、私を含む3 人の弁護士が代理人となって、約250戸が大阪簡易裁判所に民事調停の申立てを行い、これまで1年以上にわたり調停が続けられてきている。
遮音性の悪さの原因
遮音性の悪さの原因について建築専門家の協力も得て調査しているうちに、その主要な原因として、①床材である「F」がL-50の値を確保するための条件である床スラブの梁区画のスパンが、メーカーであるC社が性能実験で予定していたものよりも遥かに大きいこと、②更に、「F」を敷く周囲に、「F」と床コンクリートの間に空間をつくるための「キワ根太」処理を行っていることなどが明らかになってきた。
今後の課題と見通し
購入者らは現在、改めてすべてのタイプごとに本格的な遮音性能の測定をする準備を進めている。
しかし問題は、どのようにしてこれを補修するかである。スラブ厚を厚くするのは、構造耐力問題があり、カーペットや遮音シートでは対応できない。現在のところ、キワ根太を取り除き、下の階の天井に遮音材を取り付ける方法を検討中である。
とはいえ、自分の居宅への生活騒音の侵入をなくすには、上階の床にこのような工事をしてもらわなければならず、また、自分が下の階に迷惑をかけないためには、下の階の天井にも工事をしてもらわなければならない。居住者のうちには、調停の申立人になっていない人もいるため、全居住者の協力が不可欠である。
ところが、居住者の中には、「調停や裁判をしているとマンションの財産的価値が下がり、転売しにくくなる」として批判的な人もいる。そんな中で管理組合や対策委員会はニュースの発行やアンケート活動など、訴訟も視野に入れつつ、粘り強く運動を続けている。内外に困難を抱えながら献身的な闘いを進めている役員の方々の奮闘に、心から敬意を表したい。
【弁護士 岩城 穣】(いずみ第2号「弁護士活動日誌」1996/1/1発行)