3月に入り、大学進学や就職・転勤などで、新しく建物賃貸借を締結する人もいるのではないでしょうか。
ところで、不動産業界と無縁の方であればご存じない方も多いと思いますが、居住用賃貸建物の媒介に際し、不動産業者が家主と借主の双方から受領できる媒介報酬(仲介手数料)の合計額は、法令上、賃料1か月分の1.08倍に相当する金額以内でなければならず、かつ、いずれか一方から受け取れる報酬の上限は、媒介の依頼を受けるに当たって承諾を得ている場合を除き、賃料1か月分の0.54倍に相当する金額以内でなければならないとされています(宅建業法46条1項・2項、昭和45年建設省告示第1552号(国土交通省告示第172号)の第四)。つまり、法令上は、不動産業者が受取れる媒介報酬の上限は家賃約1か月分までであり、かつ、家主と借主双方から半月分ずつ支払ってもらうのが原則であって、どちらか一方にそれを超える報酬を負担させる場合には別途承諾を得ることが必要ということになっています。
しかしながら、現実には、特に上記告示の説明やそれを踏まえた上での承諾を得ることのないまま、本来家主が負担すべき媒介報酬についても当然のように借主側が支払わされる場合の方が多いのではないでしょうか。
このような不動産取引の実態がある中で、借主側が媒介報酬全額を負担することにつき事前の承諾がなかったとして、借主側が既に支払った媒介報酬の一部の返還を認めたのが東京高判令和2年1月14日判決です。
この訴訟での争点は、簡単にいえば、上記告示第四の「媒介の依頼を受けるに当たって承諾を得ている場合」とは、媒介契約の成立前でなければならないのか、それとも、媒介契約の締結後、賃貸借契約成立までの間でも良いのか、という点でした。
判決は、「媒介の依頼を受けるに当たって承諾を得ている場合」とは、媒介契約の成立前であるという判断を示したうえで、媒介報酬についての借主の承諾がなされたのは媒介契約締結後であるから、「媒介の依頼を受けるに当たって承諾」がなされたとはいえないと判示しました。
私自身これまで何度か引越しを経験してきましたが、媒介報酬についての説明を受けるのは、入居物件も決まり、賃貸借契約を締結する段階になってからであって(色んな必要書類がある中でヌルっと署名させられている場合が多いですね。)、それ以前に説明を受けた記憶はありませんので、これまでのケースは、すべて半額返してもらえるケースであったことになります。
この判決が出されたことで、不動産業者としては、これまで通りの媒介報酬を得ようとする場合は、賃貸人からも媒介報酬を負担してもらうか、媒介契約の締結前に、借主に媒介報酬全額を負担してもらうことについて承諾を得ておく必要があり、そうでない限り、後日媒介報酬の一部を返還しなければならないリスクを抱えることになります。
なお、判決では触れられていませんが、不動産業者が今後も借主に媒介報酬全額を負担させるためには、単に媒介報酬が月額賃料の1か月分であることについてのみ「承諾」を得るだけでは足りず、告示第四の後段が原則として媒介の一方当事者の報酬負担額を借賃1か月分の0.54倍以内と定めていることに照らせば、告示上本来は半額負担が原則であることについても説明した上で、全額負担についての「承諾」を得る必要があるように思います。
(弁護士 井上 将宏)
(メールニュース「春告鳥メール便 No.46」 2022.3.2発行)