安易な賠償額減額に歯止め──東芝重光事件・最高裁平成26年3月24日判決

2014年3月31日

【1】 3月24日、最高裁で画期的な判決があった。
 原告は、東芝の女性技術者の重光由美さん。本件最高裁判決までの経過は、次のとおりである。
  H2・4   東芝に入社。
  H10・1  液晶ディスプレイ等を製造する工場に異動。
  H12・11ころ  当時世界最大サイズのガラス基板を用いる液晶ディスプレイの製造ラインを、平成13年4月までの短期間で構築するプロジェクトのリーダーに就任。
  しかし、3月1日時点で当初の計画より4週間遅れており、時間外労働時間は平成12年12月に75時間06分、1月64時間59分、2月64時間32分、3月84時間21分、4月に60時間33分に及んだ。
  H13・4頃 うつ病を発症。
     9・4 休職を開始。
  H16・9・8 熊谷労基署に労災申請。その後不支給とされ、審査請求・再審査請求もすべて棄却。
     9・9 会社から解雇通知が届く。
     11  東京地裁に民事訴訟を提訴。
  H19・7   東京地裁に行政訴訟を提起。
  H20・4・22 民事訴訟1審勝訴→被告が控訴。
  H21・5・18 行政訴訟1審勝訴、確定。
  H23・2・23 民事訴訟、2審東京高裁でも勝訴したが、高裁が過失相殺・素因減額(2割)を行った(後述)ことから、上告受理申立。
  H26・2・28 最高裁が口頭弁論を開く。
     3・24 最高裁判決

【2】 今回の最高裁判決の重要なポイントとして、特に以下の2点を紹介しておきたい。
(1)「過失相殺」について
 高裁判決は、原告が平成12年12月と平成13年4月に精神科を受診したことを会社に申告しなかったことを、過失相殺事由とした(原告の発症は平成13年4月)。

 これに対し最高裁は、
「上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、…労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである」
とし、さらに、本件では原告が会社の健康診断でも自覚症状を申告し、同僚も体調の悪い容姿を見ていること、体調不良が原因で1週間以上休んでいたこと、上司に業務軽減を申し出ていたこと、産業医にも伝えていることなどの事実を指摘し、
「被上告人として、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。」
として、
「これらの諸事情に鑑みると、被上告人が上告人に対し上記の措置を採らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて、上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく、これを上告人の責めに帰すべきものということはできない」とした。

(2)「素因減額」について
 高裁判決は、原告が入社後慢性的に生理痛を抱え、平成12年6月ないし7月ころ及び12月に慢性頭痛や神経痛と診断されて薬剤の処方を受けていたことや、業務を離れて治療を続けながら9年を超えてなお寛解に至らないことを併せ考慮すれば、原告には脆弱性が存在したと推認され、素因減額をするのが相当であるとした。

 これに対して、最高裁は、
「本件鬱病は上記のように過重な業務によって発症し増悪したものであるところ、上告人は、それ以前は入社以来長年にわたり特段の支障なく勤務を継続していたものであり、また、上記の業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて複数の争訟等が長期にわたり続いたため、その対応に心理的な負担を負い、争訟等の帰すうへの不安等を抱えていたことがうかがわれる。これらの諸事情に鑑みれば、原審が摘示する…各事情をもってしてもなお、上告人について、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる脆弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない」
と判示し、電通過労自殺事件最高裁判決を参照として挙げた。

 この点は、これまでは、「業務は必ずしも過重とはいえなかったから、本件精神障害の発症は本人の脆弱性によるものと推認される」といった形で、安易に「脆弱性」のせいにする下級審判決もあったが、本件最高裁判決は、「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる脆弱性などの特性等」が積極的に認定されない限り、「脆弱性」を根拠に安易に因果関係を否定したり素因減額をすることは認められないとしたものである。

【3】 電通判決は、労働者の「性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできない」として、性格を理由とする素因減額を否定したが、その後の下級審判決では、様々な理由をつけて過失相殺や素因減額を安易に行うものが出てきていた。

 本件判決は、電通事件最高裁判決の精神と論理を受け継ぎ、安易な減額の傾向に歯止めをかけたものとして、高く評価されるものである。判決の日が電通事件最高裁判決(平成12年3月24日)と奇しくも同じ3月24日というのも、何か運命的なものを感じさせる。

【4】 それにしても、平成13年4月のうつ病発症から13年近く、平成16年9月の労災申請・解雇・民事訴訟提起から9年半、最高裁に上告受理申立をしてから3年。余りに長いと言わざるを得ないが、ようやく業務起因性と、会社の責任という当たり前のことが認められた(もっとも、高裁への差し戻しなので、最終確定はまだである)。

 精神疾患を抱えながらの裁判闘争は、言語を絶する大変さであったと思う。本当にお疲れさま、そして、すばらしい最高裁判決をありがとうと申し上げたい。

 ※ 最高裁判決(全文が掲載)はこちら
 ※ 画像は最高裁判決を報道した日経新聞(H26・3・25付け)。
 ※ 重光さんのブログ支援の会ブログもご参照下さい。

弁護士 岩城 穣(「いわき弁護士のはばかり日記」No.173 2014年3月31日)