DNA鑑定の結果、99.999998パーセントの確率で父子関係が認められる場合でも、親子関係が認められない場合がある?

 平成26年7月17日最高裁判所第1小法廷判決は、夫と子との間に血の繋がりが認められないことが科学的証拠(本件ではDNA鑑定)により明らかであり、かつ、夫と妻が既に離婚して別居し、子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、民法772条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えにより夫と子との間の父子関係の存否を争うことはできない、との判断を示しました。

 どんな事件だったかというと、概略以下のとおりです。

(1) 妻Aは夫Bとの婚姻中に子Dを妊娠・出産しました。

(2) ところが、Dの父親は、B以外の男性Cでした。DNA鑑定の結果も、CがDの生物学上の父である確率が99.999998%であることを示していました。鑑定結果が特に信用できないような事情もありませんでした。

(3) Dの出産から約1年3か月後にAとBは子Dの親権者をAと定めて協議離婚しました。

(4) その後、Aと子Dは、Dの生物学上の父とされるCとともに生活を始め、その状況が継続する中で、子DがAを法定代理人としてBに対し親子関係不存在確認の訴えを提起しました。

 上記のような事実関係の下で、この裁判では、Dに民法772条1項の嫡出推定が及ぶかどうかが問題となりました。民法772条1項は、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と定め、この推定が及ぶ場合には、夫が子の出生を知ってから1年以内に、かつ、夫からの嫡出否認の訴えをもってのみ父子関係を争うことが認められています(民法774条・775条・777条)。他方、推定が及ばないということになれば、誰でも、いつでも、親子関係不存在確認の訴えにより親子関係の不存在を争うことができるとされています。

 本件では、Dに民法772条1項の嫡出推定が及ぶということになれば、Dの訴えは不適法ということになり、推定が及ばないということになれば、訴えは適法ということになるのです。 第1審の旭川家庭裁判所は、当時AとBとの間に妊娠に至るような性交渉がなかったことと鑑定の結果を理由として、Dに民法772条1項の推定は及ばないとし、BとDとの間に親子関係が存在しないとの判断を下しました。第2審の札幌高裁も、Bの控訴を棄却して、BとDとの間に親子関係が存在しないとの第1審の判断を支持しました。

 しかしながら、最高裁判所は、子DによるBとの間の親子関係が存在しないことを確認する訴えを不適法として認めませんでした。

 本件では、BとDとの間に血の繋がりはなく、Dは血の繋がりがある男性Cと母親Aと一緒に暮らしているという事情もありましたので、第1審や第2審のような判断もあり得たのではないかと思いますが、民法772条1項の推定が及ぶかどうかに関して、最高裁判所は、実際の血の繋がりの有無を重視する血縁説ではなく、妻が夫の子を妊娠しえないことが外観上明白な場合に限って推定が及ばないとする外観説という考え方を採用しているのです。

 そのため、Dの懐胎が問題となる頃に、AとBとの間に性交渉が全く無かったとまでは言えないとされるこの事案においては、妻が夫の子を妊娠しえないことが外観上明白とまではいえず、Dには民法772条1項の嫡出推定が及ぶという結論になったものと思われます。

 このような判断は、一見すると常識に合致しないかのように感じるかもしれませんが、判決を詳しくみていくと、最高裁判所としても、科学的な鑑定方法が確立している現代において、精度の高い鑑定結果によって血縁関係が否定されているにもかかわらず、嫡出推定が及んでしまう子どもの側から父親との血縁関係を争う方法が存在しないという現状については、問題があると思ってはいるようです。ただ、鑑定の結果により民法772条1項の推定が及ぶかどうかを判断することは法律の解釈の限界を超えてしまうので、それは裁判所の役割ではなく、今後国民の中でこの問題に関して議論を尽くし、法改正等により解決するのが望ましいと考えたのではないでしょうか。

 明治時代に作られた現行民法ですから、現代の様々な社会問題を解決するには不備のある部分もたくさんあるのです。

(弁護士 井上 将宏)

(メールニュース「春告鳥メール便 No.3」 2018.7.31発行)