子ども同士のいたずら「えん罪」事件 民事調停で解決

1 公立P小学校4年生のA君は、2017年5月のある日、運動会の練習で整列していた時、自分の前に立っていたB君(実際にはA君とB君の間にもうひとりいた)が、前にいたC君が首に巻いていたバンダナを引っ張り、C君が苦しそうにしているのを目撃しました。

 A君は家に帰った後、母親と祖母に、「今日、運動会の練習のとき、B君がC君のバンダナを引っ張って首しめてた。あかんでなあ」と話しました。祖母から「今度そんなところを見たら、止めなあかんで」と言われ、今度はそうしようと胸に刻みました。

2 同年6月の運動会の当日、A君はクラスの応援席で、再びB君が、前に座っているC君の後ろからバンダナを引っ張っているのを見て、祖母の話を思い出し、B君の腕を摑んで「放してあげて!」と言って止めました。

 そしてA君は帰宅後、祖母に「運動会で、またA君がしたから、約束守って止めたんや」と報告しました。

3 ところが、C君はこの日を境に学校に来なくなり、その後転校してしまいました。事態を重く見た学校は、教頭先生と担任らによる調査を開始しました。B君は、運動会当日のいたずらは認めましたが、練習の時のいたずらについては、他の子どもたちの中に、「A君がC君のバンダナを引っ張り、B君が数を数えていた」という証言をした子がいたことから、B君はこれに便乗して、「そうや、僕は数を数えていたんや」と主張するに至りました。

 そのため、教頭先生たちは、この時の犯人はA君ではないかとの心証を抱き、そのような方向での聴き取りを執拗に行いました。その結果、他の子どもたちも「A君が引っ張った」と供述を変遷させていき、被害者のC君までもが「首を締められてもがいている時にA君の顔を見た」と証言してしまいました。最後に、6人の子どもたちが一同に集められ、教頭先生は「A君が自分がやったと認めれば全員帰ってよい」とA君に「自白」を迫ったことから、A君は、「自分が引っ張った」と認めてしまったのです。

4 A君は、事実でないことを認めてしまった自分が嫌になるとともに、事情を知らない同級生から「C君が学校に来なくなったのはA君のせいか」と言われるのが嫌で、自らもその後学校に行けなくなってしまいました。

 そこで、A君の母親から、「どうしたらよいでしょうか」と当事務所に相談がなされたのです。

5 私と当事務所の井上弁護士とでA君から直接話を聞き、これは「えん罪」だと確信しました。しかし、解決するには、いったいどのような法的な手段があるのでしょう。

 私たちは悩んだ末、P小学校を運営するP市と、実際の加害者であるB君、間違った証言をしてしまった被害者のC君の3者を相手方として、簡易裁判所に民事調停の申し立てを行うことにしました。

6 調停の初回期日では、調停委員は「なんでこんな事件で調停を起こしてきたのか」と困惑した様子で、P小学校の教頭先生は「調査に問題はなかった」と主張し、B君の保護者もC君の保護者も反発するばかりでした。しかし、出席したA君自身が勇気を出して、自分はやっていないこと、教頭先生から迫られて認めてしまったこと、その後辛い思いをしてきたことを自分の言葉でしっかりと述べ、私たちが、「これは一種の『えん罪』です。調停を起こした目的はお金ではなく、関係者全員の努力によってA君の名誉を回復し、学校に行けるようにしてあげたいということです。何とか協力していただけませんか」と切々と訴える中で、調停委員も関係者の態度も徐々に変わり、4回目の調停期日で、「学校及び各家庭が、児童らの健全な育成に向けて相互に努力すること、並びに今後相手の名誉を傷つける言動をしないことを約束する」という内容の調停が成立したのです。

 調停成立に際しては、教頭先生からA君に対して、「A君の笑顔が見れて嬉しい」との言葉がかけられ、A君自身もはにかみながら握手を交わしました。

 「えん罪」を晴らすことができたA君の表情は、すがすがしいものでした。

7 最初から喧嘩腰の請求にならざるを得ない訴訟と異なり、民事調停にはこんな活用の仕方もあるということを再確認できた事件でした。

 既にA君は小学校6年生になっていました。この解決がA君の自信になり、残りの小学校生活、さらには中学校生活がしっかりと送れることを、心から願っています。

弁護士 岩城 穣

(春告鳥第11号 2020.1.1発行)