「女性のみの再婚禁止期間」を乗り越え、再婚を果たしたAさんのこと

2015年11月7日

1 女性のみが、離婚後6か月間再婚が禁止される民法733条が憲法違反かどうかが争われた裁判で、11月4日、最高裁で当事者双方の意見を聴く口頭弁論が開かれた。これまで合憲としてきた最高裁判例が変更され、新たな憲法判断が下される可能性が高い。

2 法律には、その必要性を支える社会的事実(立法事実)が必要である。この条文の立法事実として、「生まれた子の父親が誰なのかを巡る争いが起こり、子どもが不利益を受けるのを防ぐ必要がある」ということが挙げられている。
 すなわち、民法772条は「離婚後300以内に生まれた子の父は前夫」と推定する一方で、「婚姻後200後に生まれた子の父は現夫」と推定すると規定していることとの関係で、離婚後すぐに再婚を認めると推定期間が重なり、どちらの子か決めにくくなるため、女性のみ禁止期間が設けられたとされる。

 しかし、この民法772条を前提としても、100日たってからの再婚なら推定が重ならないことから、再婚禁止期間は100日で十分ということになり、これを超えて6か月(180日)も再婚を禁止するのは、過度に再婚の自由を侵害するものだということになる。

 また、仮に女性が妊娠していたとしても、現在は医療やDNA鑑定などの発達で妊娠の有無や父子関係の判断ができることから、そもそも妊娠していない場合や、父子関係が証明できる場合には、「推定」の競合自体が生じないはずである。

 さらに、これはあまり議論されていないが、そもそも女性が「妊娠する可能性がない場合」もある。女性が閉経後であったり、卵巣や子宮を摘出している場合などがこれにあたる。このような場合にさえ、女性のみが6か月間も再婚の届出を待たなければならないのだろうか。6か月も待てない特別の事情がある場合はどうか。

3 私が担当したA子さんの事案は、まさにそのような事案であった。 

女性のみの再婚禁止期間は、何のため?

1 A子さん(1945年生まれ)は1969年にB氏と結婚したが、1985年ころから夫婦仲が悪くなり、1989年から別居を開始した後はほとんど音信不通の状態が続いた。
 一方でA子さんは、別居開始後の1993年ころからC氏と同棲を開始し、事実上の夫婦として暮らしてきた。
 A子さんは、B氏の年金分割の問題やお墓の問題もあるので、いつまでもこのような状態を続けていてはいけないと離婚を決意して、私に相談に来られた。私は、20年以上別居と音信不通が続いていたのだから、比較的容易に調停が成立するのではないかと考えて、2010年11月、家裁に調停を申し立てた。

2 ところが、予想に反してB氏は年金分割に難色を示して調停は長期化し、訴訟も避けられない可能性も出てきたうえに、C氏が末期ガンで、死期が近いという深刻な事実が判明したのである。
 私はA子さんと協議して方針を転換し、B氏の年金分割は断念し離婚だけを認めてもらって調停を成立させた。
 しかし、調停成立後すぐにC氏との婚姻届を提出することはできるのか。民法733条は、女性に限って、前婚の解消から6か月を経過しないと再婚できないと定めているからである。最高裁は、この規定は憲法に違反しないとしている(最高裁平成7年12月5日判決)。

3 とはいえ、民法733条が女性だけに待婚期間を定めている理由は、「父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐ」(前記最高裁判決)ことにあるはずであり、だとすれば、既に65歳で生物学的に子どもが生まれる可能性がない女性にも、一律に再婚禁止期間を強制するのはおかしいのではないか。そして、その間にC氏が亡くなってしまうと、Cさんの遺産も相続できないという、取り返しのつかない結果となってしまう。これは、どう考えてもおかしい。
 そこで、私はA子さんに対して、「民法の再婚禁止期間の問題はありますが、とりあえずB氏との離婚届とC氏との婚姻届の両方を役所に提出して下さい。窓口で受理してもらえなかった場合は私からできる限り説明し、それでもダメなら、再婚禁止期間の一律適用は違法だと主張して国家賠償請求訴訟を起こすことも考えましょう。」と説明して、そのようにしてもらった。
 すると、予想どおり戸籍係の担当者から電話があったので、これまでの経過を説明し、「とにかく時間がないので、受理してもらわないと困る。もし受理してもらえなければ国賠訴訟も考えます!」と啖呵を切っておいた。
 後日、A子さん自身も役所に呼び出されて一生懸命説明したところ、何と婚姻届が受理されたのである。

4 A子さんによれば、婚姻届が受理されたということでC氏は泣いて喜んでくれた。C氏は2か月後の2012年1月に亡くなったが、2人で寄り添いあって最後まで暮らすことができ、また、自分もC氏と同じお墓に入れることになってよかったとのことであった。
 恐らく、戸籍係の担当者は、場合によっては法務省にまで伺いをたてて受理を決めたのではないか。英断を下していただいたことに感謝するとともに、おかしいと感じることに最初から諦めてはいけないと、改めて肝に銘じた。
 なお、A子さんによれば、B氏も同じころに亡くなったという。B氏とも不毛な争いを続けなくてよかったと、心から思った。
        (いずみ第35号「弁護士活動日誌」2014/1/1発行)

4 もし、この事案で、私が上記のように機転を効かせて役所を説得せず、その間にCさんが亡くなってしまった場合には、その後に国家賠償訴訟を起こして勝訴しても、わずかな慰謝料が認められるだけで、Aさんに妻としての相続権は認められなかっただろうし、何よりも、Aさんが法律上の妻としてCさんを見送ることはもはやできなかった。
 それゆえ、違憲訴訟は起こさなかったが、この件はこれでよかったのだと、改めて思う次第である。

 ※画像は上から、
 ①最高裁大法廷の様子(NNNニュースより)
 ②最高裁に入る原告・弁護団(同上)
 ③民法772条の推定規定(東京新聞より)

(「いわき弁護士のはばかり日記」No.259 2015年11月7日)

※その後の経過は、以下のとおりです。
 (1)最高裁大法廷は、平成27年12月16日、再婚禁止期間6か月のうち100日を超える部分を違憲とする判断を示しました。
 この違憲判決を受けて、平成28年6月1日、女性の再婚禁止期間を離婚後100日に短縮する旨の改正法が成立し、同月7日に公布・施行されました。改正法では、再婚禁止期間が短縮されると同時に、離婚時に妊娠していなかった場合には、再婚禁止期間の規定は適用しないとする改正もなされました。
 (2)しかし、短縮されたとはいえ100日間を再婚禁止とすることにどれだけ意味があるのかという批判が強かったことから、2022年12月、民法733条自体を削除する民法改正法が成立し、2024年4月1日から施行されました。その結果、女性も男性と同様に、離婚後すぐに再婚できることとなりました。あわせて、嫡出推定制度全体も見直されました。