『労働判例』のコラムに私のエッセイが掲載されました

2015年12月11日

 労働事件の判例実務誌『労働判例』の1121号(2015年12月1日号)のコラム「遊筆」欄に、「過労死防止法の挑戦」と題する私のエッセイが掲載された。

 この『労働判例』は、労働事件(労働裁判や労働委員会)に関わる多くの人々が読む判例誌である。
 特に、裁判官や使用者側の弁護士、さらには企業の労務担当者に読んでほしい、という思いを込めて書いた。皆さんもぜひご紹介ください。

過労死防止法の挑戦

 平成26(2014)年6月20日、過労死等防止対策推進法(以下「過労死防止法」)が成立し、同年11月1日施行された。

 1980年代後半から社会問題となった過労死がその後四半世紀を経ても減少せず、精神障害や過労自殺、若者を含めた全世代へと広がっていることから、これに危機感をもった過労死遺族や、過労死弁護団の弁護士らが平成23(2011)年11月、過労死防止の立法をめざす団体を発足させた。
 その後約2年半にわたり、55万を超える署名、143にのぼる自治体の意見書採択、更には国連の社会権規約委員会へ日本政府に勧告を出すよう働きかけるなどしつつ、全国会議員に粘り強く要請を行っていく中で、国会内外で立法の機運が高まり、超党派議員連盟がとりまとめた法案が衆参両院とも満場一致で可決されたのである。

 この法律はわずか14か条のシンプルなものであるが、目的、過労死等の定義、基本理念、関係者(国、地方公共団体、事業主、国民)の責務、4つの過労死防止策(調査研究、啓発、相談体制の整備、民間団体の活動支援)、これらを総合的に推進するための大綱の作成、大綱作成に当たって意見を聴く過労死等防止対策推進協議会の設置、調査研究を踏まえた法制上・財政上の措置などを定めている。
 施行後設置された協議会(委員20名)において約半年間にわたって大綱の内容が議論され、平成27(2015)年7月24日、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定された。これは、我が国の過労死問題の歴史、過労死に関する現状、過労死防止対策の基本的な考え方、国と国以外の主体が取り組む重点対策などをまとめたもので、今後約3年間の過労死防止対策の指針となるものである。

 私自身、協議会の委員の一人として大綱の作成に関わって改めて感じるのは、過労死問題の根は思いのほか深いということである。労働基準法で労働時間の上限や勤務間インターバル(勤務と勤務の間の休息時間の確保)が定めてられていないうえに労働分野で規制緩和が進められてきたこと、過労死についての調査研究が不十分なことや労働者の知識が乏しいこともあるが、より根本的に、国民一人ひとりの意識や文化によるものも大きいと思う。例えば、休まずに自己犠牲的に働くことを美徳とする勤労観がある一方で、同じ労働者でありながら、消費者としてサービスを受ける場面では他の労働者に厳しく接するといった社会連帯の希薄化も進んでいる。これらがあいまって過労死の背景にあるのではなかろうか。

 この法律は、ただちに労働時間や勤務形態などの労働条件を規制するものではないが、過労死について本格的に調査研究を進めていくとともに、広報や教育による啓発、相談体制の整備、過労死防止に取り組む民間団体との連携などを通じて、国民全体の意識を変えていくという壮大な仕組みを持っている。この「挑戦」が成功してはじめて、過労死がなくなっていくのである。

 この法律により毎年11月は過労死防止啓発月間とされた。裁判官や弁護士の皆さんにも、まずは過労死防止法と大綱を読んでいただくとともに、各地の啓発シンポジウムなどに積極的に参加していただきたいと思う。
(いわき・ゆたか)

(「いわき弁護士のはばかり日記」No.263 2015年12月11日)