障害者への勤務配慮打ち切り(阪神バス)事件、大阪高裁で和解成立

2015年3月7日

 障害を持つバス運転手に対する「勤務配慮」を一方的に打ち切った事件(阪神バス事件)について、去る2月24日、大阪高裁で和解が成立し、最終的に解決したので、改めて事案と経過、和解内容について、ご報告しておきたい。

◆事案の概要
(1) 原告Aさん(1968年7月生・男性)。
 1992(H4)年に阪神電鉄㈱に入社。
 2009(H21)年4月に阪神電鉄㈱の自動車運送事業部門が阪神バス㈱に承継(分社化)されたため、阪神バス㈱に転籍。
 入社から現在まで、路線バスの運転手として勤務。

(2) 阪神バスにおいては、バス運転手の勤務シフトは、概ね以下の5種類に区別されている。
  ①早朝から午後早い時間まで(「早上がり運番」)
  ②早朝から夕方まで(「通常・延長運番」)
  ③朝のラッシュ時に勤務後、勤務終了し、夕方ラッシュ時に再度勤務(「分割運番」)
  ④午後の早い時間から深夜まで(「深夜運番(通常)」)
  ⑤午後遅くから深夜まで(「深夜短時間運番」)
 通常のバス運転手は、上記①~⑤の勤務シフトをランダムに割り当てられている。

(3) 1997(H9)年に「腰椎椎間板ヘルニア」を発症。その術後後遺症で「末梢神経障害」・「馬尾症候群」による排尿と排便の障害が残った。現時点では、排尿については勤務に支障のない程度に回復しているが、排便については、自然に排便することができず、毎晩就寝前に下剤を服用して翌朝起床してから数時間かけて強制的に排便しなければならない。
 しかし、Aさんは、排便障害のために下剤を服用して毎朝数時間かけて強制的に排便しているため、午前中の勤務シフトを担当することが難しく、また、下剤を服用して強制的に排便するため毎日決まった時間に下剤を服用することが望ましくランダムに勤務シフトを割り当てられると対応が困難である。
 そのため、試行錯誤の結果、遅くともH15(2003)年頃からは、原則として、上記⑤「深夜短時間運番」のみを割り当てるという「勤務配慮」が行われてきた。

(4) ところが、会社は、H23(2011)年1月から「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」として、Aさんに対する「勤務配慮」を打ち切り、上記①~⑤の勤務シフトをランダムに割り当てるようになった。
 その結果、Aさんは勤務時間に合わせて排便をコントロールすることができなくなり、2011年1月だけで当日欠勤が3回、同年2月は6回、同年3月は8回にも及ぶことになった。
 そこで、「勤務配慮」を受けない通常の勤務シフトでの勤務する義務のないことの確認を求める裁判(本訴及び仮処分)を提訴した。

◆主たる争点
 身体や精神に長期的な障がいがある人への差別撤廃・社会参加促進のため、2006年の国連総会で「障害者権利条約」が採択された(日本は2014年1月20日に批准)。同条約では、①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型をいずれも障がい者に対する差別として禁止している。合理的配慮とは、「障がいのある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、不釣り合いな又は過度な負担を課さないもの」と定義される。

 Aさんの勤務シフトに関する「勤務配慮」は、この障害者権利条約の「合理的配慮」にあたるものであり、これを一方的に打ち切ることは、障害者権利条約が禁止している障がい者に対する差別に該当し、私法関係においては公序良俗違反ないし信義則違反として無効だというべきではないか。

◆裁判の経過
H23(2011)年3月4日  第1次仮処分 申立(神戸地裁尼崎支部)
      8月4日   第1次仮処分 和解成立(H24.3.31まで勤務配慮する)
      8月26日  本訴訟 提訴(神戸地裁尼崎支部)
H24(2012)年2月7日  第2次仮処分 申立(神戸地裁尼崎支部)
      4月9日   第2次仮処分 決定 神戸地裁尼崎支部(判例タイムス1380-110、労働判例1054-38)
            →会社が「勤務配慮」を打ち切ったことが公序良俗違反ないし信義則違反で無効だとして、「勤務配慮」がないままでの勤務シフトによって勤務する義務のないことを仮に確認。
      7月13日  第2次仮処分 保全異議決定 神戸地裁尼崎支部(労働判例1078-16)
H25(2013)年5月23日  第2次仮処分 保全抗告決定 大阪高裁(労働判例1078-5)
H26(2014)年4月22日  本訴訟 第1審判決 神戸地裁尼崎支部(判例時報2237-127、労働判例1096-44)
H27(2015)年2月24日  大阪高裁にて和解成立
 このように、これまでに上記の下線をつけたとおり、裁判所の判断が4度にわたって示されており、いずれも原告Aさんを勝訴させるものであった。

◆本件和解の評価
1、本件和解において、会社が従前から行ってきた「勤務配慮」は単なる温情的措置ではなく労働条件であり、そうである以上、その変更は労使間で誠実に協議すべきものであることを確認した意義は大きい。
2、今後行う勤務配慮の内容についても、Aさんの現状を十分考慮した内容となり、今後Aさんが安心して働き続けることができるものとなった。
3、折しも、2006年に国連で定められた「障害者権利条約」が日本でも2014年1月20日に批准された。この条約では、差別には①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型があるとしているが、本件は、会社がAさんに対して行ってきた合理的配慮としての「勤務配慮」を一方的に打ち切るものであり、障害者差別の③の類型に該当するものであった。
 本裁判で、Aさんに対する勤務配慮が維持され、会社との労働条件として確認されたことは、この障害者権利条約の理念に沿うものとして、評価されるべきである。
4、Aさんは、会社が勤務配慮を打ち切ると通告してから約4年間にわたって、仮処分と本裁判を余儀なくされてきた。ようやく最終解決を勝ち取ったAさんの頑張りに、心から敬意を表したい。
(なお、弁護団は、中西基、立野嘉英と私である。)

「いわき弁護士のはばかり日記」No.228(2015年3月7日)より(一部修正)>

 ※本件に関する記事は、以下のとおりです。
 ①障害者への配慮は「温情」か
 ②障害者への勤務配慮打ち切りに仮処分命令
 ③障害者に勤務配慮の継続を命令する判決!
 ④障害者への勤務配慮打ち切り(阪神バス)事件、大阪高裁で和解成立(このページ)
  なお、弁護団のメンバーであった立野弁護士も、以下の報告記事を書いています。
  障害者に対する勤務配慮を求めた訴訟で全面勝利和解 ―― 阪神バス事件(弁護士 立野嘉英)民主法律時報2015.04.15号