障害者への勤務配慮は「温情」か

Aさんの中途障害

 Aさん(43歳)は、1992年に阪神電鉄に入社し、バス事業部門で一貫して勤務してきたベテラン運転手である。

 ところが、1997年に受けた「腰椎椎間板ヘルニア」の手術の後遺症で「神経因性膀胱直腸障害」で「排尿・排便異常」の身体障害が残った。この障害は、排尿や排便を自分の意思でコントロールすることができず、下剤を服用するなどして数時間をかけて強制的に排便するなどが必要なものである。

「勤務配慮」による安定した勤務

 当時阪神電鉄には「勤務配慮」という制度があった。これは、心身の状況や家庭の事情等によって、決められた労働条件に従って勤務するのが困難な労働者について、本人からの申し出を受けて個別協議を行い、勤務に支障が生じないように必要な配慮を行う制度である。

 Aさんはこの制度を利用して協議を行い、(1)乗務は午後からとする、(2)時間外労働は避ける、(3)前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔を一四時間、最短でも一二時間以上空けることとする、という「勤務配慮」を受けてきた。

バス事業の分社・統合と「勤務配慮」制度の廃止

 ところが、2009年、バス事業部門が分社化され、従前からあった阪神バスに統合されたが、その際、阪神電鉄・同社労組、阪神バス・同社労組の「四者協議に関する合意書」で、「勤務配慮は原則として認めない」とされた。

 Aさんは2009年4月に阪神バスに移籍したが、勤務配慮はしばらく続けられたものの、2011年1月から「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」と一方的に通告され、実行された。

 その結果、Aさんは勤務時間に合わせた排便コントロールが全くできなくなり、2010年1月~12月の一年間で当日欠勤(欠勤扱い)は0回、当日欠勤(年休扱い)は4回しかなかったのに、2011年1月だけで当日欠勤(欠勤扱い)3回、2月は6回、3月は8回に及ぶことになった。このままでは解雇されたり退職せざるを得なくなるとは明らかである。

 Aさんは、通常シフト(ローテーション)での勤務を行う義務のないことの確認を求める仮処分命令申立を神戸地裁尼崎支部に行ったが、会社は「勤務配慮は温情的措置にすぎず、労働条件ではない」「勤務配慮を無制限に続けることは、乗務員間の公平感を損ない、ひいてはバス事業の正常な運営に支障を来す」と主張して争ったため、仮処分事件は来年三月まで勤務配慮を延長することで和解し、訴訟によって解決することとなった。

障害者権利条約を中心とする世界と日本の流れ

 身体・精神に長期的な障害がある人への差別撤廃・社会参加促進のため、障害者権利条約が2006年に国連総会で採択された。そこでは、障害に基づく差別を、(1)直接差別、(2)間接差別、(3)合理的配慮の欠如の三類型として禁止している。

 2011年3月現在の批准国は99か国である。日本はまだ批准していないが、2007年9月に署名し、現在国内法を整備して批准に向けた準備が進められている段階である。

 また、仮に条約の批准前であっても、日本国憲法14条1項は「法の下の平等」を定め、あらゆる差別を禁止しているのだから、既に国際的に承認されている上記のような差別類型は、日本国憲法も禁止していると解すべきである。

「勤務配慮」の一方的廃止は障害者に対する差別にあたる

 本件における「勤務配慮」は、結果として上記の「合理的配慮」に当たるものであり、これを廃止することは、障害者権利条約が禁止している差別に該当することは明らかである。

 障害者権利条約を批准しても、実際にそれが多くの民間企業で実現されなければ意味がない。その意味で、大企業は率先して合理的配慮を行っていくべきであるのに、この会社は、逆に、これまでの「勤務配慮」を廃止しようとしているのだから、企業の社会的責任(CSR)の見地からいっても、言語道断といわなければならない。

 会社は、「乗務員間の不公平感」をいうが、阪神バスには370人もの運転手が在籍しているのだから、Aさんへの勤務配慮を続けることは決して困難ではないし、多くの運転手の人たちはAさんの事情を知れば、不公平感を持つことはないのではなかろうか。

 そして、そのような啓発活動こそ、会社が行っていくべきではないのか。

障害は、社会との関係で障害となる

 世界保健機構(WHO)は1981年の国際障害者年に際し、障害を三つの段階で定義している。

 (1)impairment(機能的、形態的な身体障害)
 (2)disability(能力的障害)
 (3)handicap(社会的不利)

 これは、視覚障害を例に取ると、視神経に機能的に問題がある場合が「impairment(機能的障害)」。それが視力に影響を及ぼし、近視や視野変状になった場合が「disability(能力的障害)」。それによって社会生活に支障が起きるほどであった場合が「handicap(社会的障害)」である。

 (1)の「impairment(機能的障害)」があっても、「道具」(眼鏡やパソコン画面の拡大など)によって(2)の「disability(能力的障害)」はカバーされうるし、(2)があっても、社会がそれを「道具」や「仕組み」によって補えば、(3)の「handicap(社会的障害)」とならなくて済むのである。
 つまり、機能・能力障害は、社会の配慮との相関関係で「社会的障害」となるのである。

 そもそも、視力をはじめ、誰でも能力において平均より劣る点があり、結局は程度の差である。そう考えると、(1)・(2)の障害は、ある意味でその人の「個性」といえる。
 そんな人たちに対して、できるだけ社会の側が配慮して、その障害が(3)の社会的障害にならないようにしようというのが、障害者の権利の歴史であった。
 だから、障害者が安心して働ける・生きられる社会は、障害を持つに至っていない健常者にとっても働きやすい・生きやすい社会なのである。
 それゆえに、阪神バスのように、障害者と健常者を対立的にとらえることは誤っている。

 Aさんの提訴は、決してAさんだけのためではない。障害を持ちながらも、また障害を持つようになっても、安心して働けることを願う、すべての人々のためでもあるのである。

多くの皆さんのご支援を

 8月26日の神戸地裁尼崎支部への提訴は、多くのマスコミに注目され報道された。(※1)
 第一回期日は、10月25日と指定されている。
 Aさんのように、働き続けながら会社と裁判をすることは、大変なことである。
 皆さんの注目と支援をお願いしたい。

(なお、弁護団は、中西基、立野嘉英弁護士と私である。)

自由法曹団通信第1394号(2011年10月1日)

※1 朝日新聞2011年8月22日夕刊、ほか

※2 当ホームページ内の本件に関する記事は、以下のとおりです。
 ①障害者への配慮は「温情」か(このページ)
 ②障害者への勤務配慮打ち切りに仮処分命令
 ③障害者に勤務配慮の継続を命令する判決!
 ④障害者への勤務配慮打ち切り(阪神バス)事件、大阪高裁で和解成立
 これらの記事のとおり、本件はその後、仮処分申立、保全異議申立、保全抗告、民事訴訟1審ですべて勝訴し、最終的に大阪高裁で完全勝利和解が成立して解決しました。