暑中お見舞い申し上げます~誰がための五輪~(春告鳥第14号 巻頭言)

 国内では3度目の緊急事態宣言が発令されているなか、東京五輪の開催が正式に決定されました。日本国内における新型コロナウイルス感染状況もワクチン接種状況も未だ改善を見ない中での開催強行です。2021年6月24日付Our World in Dataの集計によれば、日本国内でワクチンを「少なくとも1回摂取した人」の割合は18.99%、必要な回数の「ワクチン接種が完了した人」の割合はわずか8.2%という現状であり、国民の大多数が平穏な日常生活を取り戻すには至っていません。

 また、国内の経済状況についてみれば、帝国データバンクが公表する2021年6月23日現在の国内におけるコロナ関連倒産件数は1646件となっており、経済産業省が公表する6月21日時点での給付金の支給実績は、申請件数約67万件に対して半数程度の約36万件にとどまっています。有効な治療薬は未だ存在せず、経済再生のための具体的な施策も示されていません。医療現場も深刻な状況が続いています。

 このような現状からすれば、客観的に見て国内の状況が五輪開催に堪えうる程度に回復したとは到底いえません。そうした状況でも開催されなければならない五輪とは一体何なのでしょうか。オリンピック憲章(Olympic Charter 1996版)根本原則の第3項には、(オリンピズムの)「目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励すること」という記載が存在しますが、開催国の国民の命と健康と生活の安全を顧みない五輪の開催は、果たしてオリンピズムの目的にかなうものといえるのでしょうか。万が一、開催後に国内の感染状況が再び悪化すれば、それは政治判断の結果であるとともに、五輪のもたらした結果でもあるということを忘れてはなりません。

 五輪の歴史に暗い影を落とすことにならないよう、今はただ祈るばかりです。

(弁護士 井上 将宏)

(春告鳥第14号 2021.8.1発行)