自死は「行為者自らの意思で選択した行為」なのか

 多くの人の記憶にもまだ新しいのではないかと思われる「大津いじめ自死事件」(以下、「本件」といいます。)の大阪高裁判決について言及したいと思います。

 本件は、2011年、滋賀県大津市内の中学校2年生だった男子生徒(当時13歳)が、同級生(当時)らからいじめを受けたことが原因で自殺するに至ったとして、遺族が、いじめを行った同級生らに対し損害の賠償を求めた事件です。

 本件に関する大阪高裁令和2年2月27日判決は、自死を「基本的には行為者が自らの意思で選択した行為」であるとして、4割の過失相殺を行い、1審の認容額を大幅に減額する判決を下しました(なお、遺族は、大阪高裁の判決を不服として最高裁に上告受理の申立てを行いましたが、令和3年1月25日、最高裁は申立てを棄却し、大阪高裁判決は確定しています。)。

 さて、結論はもとより、上記大阪高裁判決が自死を「基本的には行為者が自らの意思で選択した行為」であるとしている点は極めて問題です。裁判で実際にどの様な主張・立証がなされたかは不明ですが、WHOの報告をはじめ、世界各国の研究に基づく科学的なデータによれば、自死者の80%以上は、自死直前までに何らかの精神疾患を発症していることが知られています。また、2019年5月に発表された国際疾病分類第11版(ICD-11)においては、具体的な症状が大人とは違う表れ方をすることがある(例えば、子どもの抑うつ症状は、頭痛や腹痛などの身体症状や、イライラなどとして表れることがある)ものの、子どもの場合でもうつ病等の精神疾患を発病すること自体は否定されていません。さらに、今日では、うつ病等の精神疾患の発症率は、12歳を境に成人期と同等になるとされています。

 そして、本件の男子生徒が自死当時13歳であったことを踏まえると、男子生徒は、いじめによりうつ病等の精神疾患を発病し、その病態としての希死念慮により自死に至った可能性が高かったのではないかと考えます。たとえば、職場でいじめを受けて精神疾患を発病し自死に至った大人の場合を想定してみてください。いじめにより強い心理的負荷を受けて精神疾患を発病し、その影響による自死が「故意」による自死≒「行為者が自らの意思で選択した行為」とされることはないのではないでしょうか。子どもの自死の場合だけそのような考え方が取られないのは、上記の科学的知見に照らしても不合理であると感じます。

 特に、本件のいじめは、下着や臀部が露出するほどのズボンずらし等の辱め、顔面への殴打、首絞め、足蹴り、体の同じ部位に使い切るまで制汗スプレーを吹き付けるなどの暴行、成績カードを目の前で破り捨てる、教科書の表紙を引き裂く、蜂の死骸を食べさせようとするなどの極めて陰湿かつ苛烈な態様であったと認定されています。仮にこのようなことが大人に対して行われた場合には、これにより精神疾患を発病したと認定される可能性は高く、その結果自死至った場合には、「行為者が自らの意思で選択した行為」であると認定されることはなかったのではないかと思います。

 この点だけをとっても、上記大阪高裁判決の内容は、遺族にとって堪え難いものだったのではないかと思わずにはいられません。

(弁護士 井上 将宏)

(メールニュース「春告鳥メール便 No.37」 2021.5.27発行)