9月16日、菅義偉(すがよしひで)氏が総理大臣に選出されましたが、そのわずか12日後の9月28日、菅首相は、新たに10月1日から任期の始まる「日本学術会議」の新会員候補者105人のうち、6人だけを任命しないという措置を行いました。
日本学術会議は、内閣総理大臣が所管する政府機関ですが、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」(日本学術会議法の前文)、終戦後間もない1949年に設立されました。その背景には、科学が軍事利用され悲惨な戦争の結果につながったこと、その過程で政府に批判的な学説が弾圧されたことへの反省があります。学術会議が政府から「独立」して職務を行うとされていること(学術会議法3条)は、この組織の存在が学問の自由の「制度的保障」であることを示しています。
学術会議の会員の選出は、当初は研究者による公選制で行われ、「学者の国会」と呼ばれていましたが、1983年に、推薦による任命制に変わりました。その際の国会での論議の中で、政府の任命は、推薦された者を拒否することなく全員を任命する「形式的任命」であると繰り返し答弁されてきました。今回の6人の任命拒否は、学問の自由とそれを制度的に保障する日本学術会議法にも反し、また従来の政府の解釈を180度変更するもので、絶対に許されないものです。
しかも、拒否された6人の学者はいずれも、3つの部のうち第一部(人文・社会科学)に所属予定で、安倍政権が推進した安保法制や特定秘密保護法、共謀罪などに批判的な意見を述べてきた人たちです。
これについて菅政権は、「総合的・俯瞰的な観点から判断した」とか、「国が毎年10億円の予算を出している」とか、「会員に民間出身者や若手が少なく、出身や大学にも偏りがあり、多様性の確保が必要である」とか、「憲法15条は公務員の選定罷免権が国民にある(だから、選挙で選ばれた国会が選出した内閣総理大臣に裁量権がある)」などと言い訳をしていますが、どれも後付け・こじつけの理由であり、一方で菅首相は「105人の推薦者名簿は見ていない」「説明できることとできないことがある」と述べるなど、素人からみても支離滅裂、答弁不能の状態に陥っています(毎年10億円という予算は国際的にみても極めて少ないもので、批判の強かった「アベノマスク」の450億円は学術会議予算の45年分(!)です。また、任命拒否された6人には地方や私立大学や女性の教授が多く含まれています)。
このような強権的な手法は、安倍前政権から行われてきた内閣法制局長官やNHK会長の人事への介入、東京高検検事長の違法な定年延長などの延長線上にあるもので、菅首相はそれを自ら引き継ごうとしています。菅政権で国家安全保障局長に就任した北村滋氏は警察庁の出身で、第二次安倍政権で内閣情報調査室トップの内閣情報官を務めるなど、戦前の特高警察を彷彿とさせる人物です。
このような菅政権とその強権的な手法に対して、国民の厳しい批判と監視が必要だと思います。
(弁護士 岩城 穣)
(メールニュース「春告鳥メール便 No.30」 2020.11.4発行)