「ネット中傷」と「表現の自由」

 報道によると、ツイッターに虚偽の内容を投稿され名誉を傷つけられたとして、女優の春名風花さん(19)と春名さんの母親が、書き込みをした人物を相手取り、慰謝料など265万4000円の支払いを求めた訴訟は7月16日、横浜地裁で刑事告訴の取り下げと被告側が春名さん側に示談金計315万4000円を支払う内容で示談したとのことである。

 「彼女の両親自体が失敗作」などと書かれたツイートに対し、東京地裁は2019年11月、「社会通念上許される限度を超える侮辱表現で、名誉感情を害されたことは明らか」と認定し、氏名や住所などの開示をプロバイダに命じた。それを受けて春名さん側は民事訴訟を提起するとともに、名誉毀損と侮辱の疑いで神奈川県警泉署に刑事告訴したところ、書き込み主の代理人弁護士から示談の申し入れがあり、これに応じたという。

 春名さんの勇気と、氏名・住所の開示を勝ち取った代理人弁護士に拍手を送りたい。

 私はフェイスブックにはよく投稿するが、ツイッターは他人のやり取りをチラ見する程度である。それは、フェイスブックは顕名が原則であるのに対し、ツイッターは匿名の投稿が認められていることから、現在の政治や社会に批判的なことを書くと、面識もない匿名の輩から攻撃され、「炎上」するのではないかという不安があるからである。実際、ツイッターを見ていると、吐き気がするような中傷とヘイト投稿があふれている。ツイッターをやっている弁護士の中には、このような輩にも負けずに反撃し、何万人ものフォロワーを持っている猛者もいるが、30代、40代の若かったころならいざ知らず、今の私はそんな輩に対して投入するエネルギーも時間の余裕もない、というのが正直な気持ちである。

 言論・表現の自由(憲法21条)は、民主主義社会において最も重要な基本的人権であるが、言論・表現活動を行う以上、当然に責任も伴うべきである。

 具体的には、①自ら名前を名乗って言論を行っている人を批判するのであれば、当然、自分も名前を名乗って行うべきである。

 また、②相手の人格や属性に対する誹謗中傷、人格を貶める言論は保護に値しないというべきである。

 とりわけ、①・②の最悪の組み合わせ、つまり、相手の人格を貶める言動を匿名で行うことは最も卑怯であり、名誉毀損や侮辱として違法と断じられるべきである。

 匿名の中傷の手紙のようなものは昔からあったが、「そんなことは卑怯者のやることだ。批判があるなら堂々と名乗って出てこい」というのが世の中の常識だった。今は匿名のままで簡単にでき、それに何千人、何万人が安易に追随する。やられた側は、あたかも世の中全体から否定されているような感覚になるだろう。普通の感受性を持った人間には耐えられないと思う。今年5月には、SNSでこのような中傷の嵐にさらされた若い女性プロレスラーの木村花さんが自殺に追い込まれた。追い込んだ輩たちとその追随者たちは「オレだけじゃない」と知らん顔を決め込んでいるだろう。

 このような理不尽な攻撃に対して闘うのは容易ではない。しかし、勇気を出して「権利のための闘争」に立ち上がる人たちを、良識ある市民は応援しなければいけないと思う。

 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と定める日本国憲法12条の重みを、改めて考える今日この頃である。

(弁護士 岩城 穣)

(メールニュース「春告鳥メール便 No.27」 2020.7.30発行)