検察庁法22条は、検察官の定年を検事総長を65歳とするほかは63歳と定めていますが、安倍内閣は1月31日、この2月に63歳となる黒川弘務東京高検検事長の定年を同年8月までの半年間延長することを閣議決定しました。検察官も国家公務員だから一般法である国家公務員法が適用されるとして、同法81条の3第1項の「職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」に定年を延長できるとの規定を根拠としています。
しかし、①一般法と特別法の関係において齟齬・抵触があるときは特別法(検察庁法)が優越するのが法解釈として当然です。②また、国家公務員法81条の2第1項は「職員は、法律に別段の定めがある場合を除き、定年に達したときは・・に退職する」と規定しており、検察官の定年はこの「法律(検察庁法)に別段の定めがある場合」にあたることは明らかです。③さらに、百歩譲って国公法の適用があるとしても、今回のケースが「職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」にあたるとは、到底考えられません。
また、手続き的に見ても、①国公法の規定が制定された当時の政府見解では、検察官には同規定は適用されないという考え方が示されており、これまでも検察官の定年が延長された例はありません。②そして2月12日、人事院局長はいったんは上記解釈は現在でも継承されていると答弁しながら、翌13日安倍首相が解釈変更について言及すると、同月17日には制定当時の法解釈を変更したと述べ、前記12日の国会答弁は「言い間違い」であったと釈明しました。③さらに、2月20日には国会で森雅子法務大臣がこの解釈変更について必要な部内の決裁をとったと答弁し、翌21日に法務省担当者が正式な決裁はとっていないと述べたのに対し、口頭による決裁を経たので問題ないと強弁するに至るなど、説明が二転三転しています。
では、黒川氏の定年を今年8月まで延期した目的は何でしょうか。
2018年夏に就任した稲田伸夫検事総長(63)は、慣例に従って2020年夏に約2年の任期で勇退するとみられており、その場合、序列から言えば検察ナンバー2となる東京高検検事長の黒川氏の昇格が順当だが、その前に黒川氏が63歳で定年退職してしまうために、7月30日に63歳となる林氏が滑り込みで検事総長に就任する可能性が高いことから、黒川氏の定年を延長して検事総長にしようという目的ではないかといわれています。
その黒川氏は、検察首脳として安倍首相の意向を踏まえて共謀罪などの実現に奔走し、森友学園問題における財務省の公文書改ざん事件でも、佐川宣寿元国税庁長官ら関係者全員の不起訴処分を主導したとされています。このため、政界では「安倍政権のスキャンダルをもみ消す官邸の番人」などと呼ばれてきたそうです。
検察は2019年暮れにIR汚職事件で約10年ぶりに現職国会議員の逮捕に踏み切り、与党内でも「自民大物議員にも捜査の手が伸びて疑獄事件になるのでは」(公明幹部)との不安が広がっていましたが、黒川氏の定年延長決定とタイミングを合わせたように、秋元司衆院議員(元内閣府IR担当副大臣、自民を離党)の収賄事件として捜査が事実上終結し、事件の拡大を嫌がる官邸への忖度(そんたく)ではないかと指摘されています。
検察官は、公益の代表者として刑事事件の捜査・起訴等の検察権を行使する権限が付与されていることから、行政権に属しながらも他の権力からの独立が要請されています。かつてのロッキード事件やリクルート事件など政権トップの汚職事件等にも切り込んで捜査・起訴してきた歴史があります。今回の黒川氏の定年延長は、検察庁までを完全に支配下に置こうとするものであり、これが通ってしまうと、もはや法治国家とはいえません。
国民世論の強い批判が、今こそ求められているのではないでしょうか。
(弁護士 岩城 穣)
(メールニュース「春告鳥メール便 No.22」 2020.2.28発行)