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事件報告
現代の過労死問題を象徴する「土川事件」

 あこがれのデザイナーとして広告会社に就職しながら、わずか23歳でクモ膜下出血を発症して亡くなってしまった土川由子さん。その両親が、会社に対して損害賠償請求訴訟を行っている「土川事件」は、いろんな意味で、過労死問題の現在の局面を象徴的に示しているといえる。
 まず第1に、現象面としての過労死の発生状況を表している。
 現在、過労死は年齢・性別・業種・職種・地位を問わず発生している。とりわけ20代、30代の若者たちが、次々と過労死で倒れている。華やかでクリエイティブだと思われている広告業界で、わずか23歳の女性が超長時間・過密労働の末にクモ膜下出血で死亡したこのケースは、過労死の最新の発生状況を端的に表している。
 第2に、現在の過労死は、低賃金と膨大なサービス残業、企業が労働者の健康にはいっさい配慮しない中で発生していることを表している。
 由子さんの給料はわずか17、8万円で、労働時間は年間3600時間に及んでいた。会社は、由子さんが体調の不良を訴えていたにもかかわらず、業務上の配慮はいっさい行わず、年1回の健康診断さえ行っていなかった。若者の「伸びたい」という思いを逆手に取り、極限まで働かせて恥じない経営者像が、そこにはある。
 第3に、現在行われている労働法制の改変が何をもたらすかを示している。
 由子さんの勤務していた会社は、フレックス制をとっていると標榜していた。最近労基法の改正によって、女性の深夜労働の規制が撤廃され、またフレックス制や裁量労働制が認められたが、現実の職場ではそれらは低賃金化と長時間・過密労働、健康破壊をもたらしている。現在の企業は、残業手当や健康診断などの法律で定められた義務は行わないでおきながら、労使関係の「規制緩和」だけはどんどん採用し、労働法制や労働行政がその後追いをしているという構図が、ここには現れている。
 第4に、現代の労働による疲労は、疲れの取れにくい慢性的な蓄積疲労であり、災害主義の名残りを残し「発症前1週間の労働の過重性」を重視する現在の労災認定基準は、根本的な見直しを迫られているということである。
 由子さんの場合、入社後2年間にわたり異常なまでの長時間労働を余儀なくされ、3月末日付で退社し、4月5日から次の会社に勤め始めて2日目の4月7日、トイレでクモ膜下出血を発症した。このケースは、現在の労災認定基準では絶対に業務上にはなり得ない。本件で労災申請を行わず、会社に対する損害賠償請求訴訟を先行させたのはこの理由による。
 第5に、この事件が以上のような象徴的事件であるだけに、裁判の展開や支援運動の広がりは、現在の企業社会を問い直し、これまでの労働行政や認定基準、更には判例理論を変えさせていく可能性をはらんでいる。
 実際、この裁判の提訴報道を受けて、天満労基署は自ら司法警察員として捜査を行い、この会社と社長を残業代不払いと健康診断不実施で書類送検し、会社と社長はそれぞれ罰金40万円の有罪判決を受けた。その後東京労働局でも同様の動きが始まっている。これらは、これまでの労働行政ではほとんど考えられなかったことである。
 そして私たちは、これを契機にして、過労死が発生しそうな職場から相談があった場合には、自らが刑事告発や行政処分申立を行う「労働基準オンブズマン」を今月に立ち上げることにしている。遺族の救済のための労災申請から始まった「過労死110番」運動は、その後企業責任の追及、過労自殺への広がりを経て、刑事責任追及による過労死の予防を本格的に追及する段階に入ったといえる。
 ご両親の由子さんに対する深い愛情、彼女の過労死を止められなかった悔しさ、会社に対する怒り、そして、もう二度と同じような被害者を出させないという思いはすさまじい。また、「支援の会」では、由子さんの同級生ら若者と労働組合という、意外な組み合わせにもかかわらず、協力しあって支援の輪を広げている。
 大変な裁判であるが、未来への展望を切り開く、やりがいのある事件でもある。
(弁護団は、松丸正、岩城穣、岡本満喜子、田中俊の4名です。)
(「青年法律家」2001年6月25日号)

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